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岩手県 二戸_1.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
青森市の観光はここから始めよう:青森県観光物産館アスパム
 
ねぶたの期間外でも祭りを楽しめる大型施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」
 
貨物列車がそのまま船に? 青函連絡船のふしぎ
 
「善知鳥神社」は何と読む?
 
三内丸山遺跡(1):板状大型土偶と縄文ポシェットを見逃すな
 
三内丸山遺跡(2):縄文時代にタイムスリップした気分で歩こう
 
日本一大きい! 青龍寺の昭和大仏
 
<おすすめのレストラン>
青森魚菜センター 本店
 
<おすすめのレストラン>
青森 帆立家
 
<おすすめのレストラン>
長尾中華そば 青森駅前店
 
<おすすめのレストラン>
めぇ
 
<おすすめのホテル>
ドーミーイン青森

青森市の観光はここから始めよう:青森県観光物産館アスパム

 

青森県観光物産館アスパム

 

 

青森県観光物産館アスパム(地図 ❶)

〒030-0803 青森県青森市安方1丁目1−40

展望台とシアターのセット料金:900円(高校生以下、団体割引あり)

9:00~19:00(5~10月、冬季はWebサイトで要確認)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.aomori-kanko.or.jp/aspam/ 


マナブ:今日は青森市へ来ています。

 

歴史先生:青森市といえばどんなイメージですか?

 

マナブ:「ねぶた」が有名ですよね。それから私たちの世代だと青函連絡船のイメージがあります。

 

歴史先生:縄文遺跡も思いつきますか?

 

マナブ:あ、そうか、三内丸山遺跡。

 

歴史先生:はい、そのあたりをテーマに回ることにしましょう。

 

マナブ:ピラミッドみたいな三角のビルの前に来ていますが。

 

歴史先生:こちらは青森県観光物産館アスパム。青森の「A」の形だそうです。青森港の再開発事業の一環として1986年(昭和61年)にできました。

 

マナブ:もっと新しいかと思っていました。とてもモダンなデザインですね。

 

歴史先生:15階建てで青森県内で最も高いビルです。上の丸く出っ張った部分、13階が展望台になっていますので、行ってみましょう。

 

青森港

 

マナブ:おぉ、虹が出ています。

 

歴史先生:きれいですね。青森港の最も重要な役割は北海道と本州を結ぶフェリーです。青函トンネルが開通して新幹線と貨物列車はそこを通るようになりましたが、トラック輸送は引き続き青森港から函館港へのフェリーが担っています。

 

マナブ:なるほど。

 

青函連絡船「八甲田丸」

 

歴史先生:では反対側を見ましょう。

 

マナブ:あ、青函連絡船ですね?

 

歴史先生:はい、今は営業していませんが、八甲田丸が博物館として係留されています。ここはあとで行ってみましょう。

 

展望台から見た青森市内

 

歴史先生:さて、展望台を楽しんだ後は2階にある「青い森ホール」に行ってみましょう。ここは日本最大級の360度の3Dシアター。青森の自然や祭りをテーマにした迫力ある映像が見られます。

 

マナブ:それは楽しみ。

 

歴史先生:時間によって上映内容が変わるので、Webサイトでチェックしてみてくださいね。

 

マナブ:私たちは「青森祭りの魂(約7分、3D)」「Beautiful Season of Aomori AUTUMN(約6分、2D)」の2本を見ました。祭りのほうは、ねぶたの中に飛び込んだ感じの没入感で大迫力。四季のほうは青森県内で今回の旅で行ったところも多く、美しい風景を存分に楽しめました。

 

歴史先生:1階には青森県内最大級のお土産店があります。

 

マナブ:ここならすべて揃いそうですね。結局、ここでたくさん買ってしまいました。

 

ねぶた制作小屋 ラッセランド

 

歴史先生:アスパムの北側(海側)はきれいで広い公園になっています。初夏からはここに「ねぶた制作小屋」が立ち並びます。今は6月上旬なので、制作の初期段階。8月が近づくと制作は佳境を迎えて、見学ツアーなんかも行われるそうですよ。

 

マナブ:ねぶたが待ちきれない青森市民にとっては、一足先に見てみたいでしょうね。

 

青森港沿いに公園が整備されている

 

ねぶたの期間外でも祭りを楽しめる大型施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」

 

ねぶたの家 ワ・ラッセ

 

 

ねぶたの家 ワ・ラッセ(地図 ❷)

〒030-0803 青森県青森市安方1丁目1−1

入館料620円(高校生以下、団体割引あり)

9:00~17:00(5~8月)、9:00~16:00(9~4月)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.nebuta.jp/warasse/


マナブ:「ねぶたの家 ワ・ラッセ」というところに来ています。

 

歴史先生:ここはねぶたの展示が年中されているところ。さっそく入って見ましょう。

 

テンションの上がるエントランス

 

天井高で広大なホールには数台の山車が展示されている

 

マナブ:中は広いですね。そして大迫力のねぶたが何台もある。

 

歴史先生:ここには毎年の優秀作品が展示されています。

 

マナブ:ということは展示は毎年変わる?

 

歴史先生:はい、そうです。したがってねぶたが終了した後、2日間ほど展示替えのためにお休みとなります。

 

2025年のねぶた大賞、最優秀制作者賞 「海王」

 

2025年 優秀制作者賞 「Nobunaga」

 

マナブ:それにしても大きい。

 

歴史先生:幅9m、奥行き7m、高さ5mで、重さは4トンもあるそうです。

 

マナブ:中はどうなってるんだろう?

 

歴史先生:普通は目隠しされるので中を見られませんが、ここの展示では特別に中を覗いてみることができますよ。

 

マナブ:あぁ、こうなってるのか。複雑な木組みで形ができてて、針金で止めてある。そこにたくさんの電球があるんだ。

 

ねぶたの内部

 

歴史先生:昔は電球ではなくてロウソクを入れていました。今では1台の中に1,000~2,000個もの電球があって、一番下にある大型の発電機がそれを支えています。

 

マナブ:なるほど。

 

発電機

 

歴史先生:ここでは30分に1回程度、祭りの映像が流れ、2時間に1回程度、お囃子の演奏がありますので、ぜひ見てください。

 

マナブ:今はねぶた祭の季節ではありませんが、お祭り気分をたっぷり味わえました。

 

お囃子の演奏

 

マナブ:弘前の「津軽ねぷた村」で勉強しました。青森はハネト(跳人)と呼ばれる人たちが乱舞する、参加型の活気あるお祭り。弘前は基本的に見るだけの優美なお祭り。

 

歴史先生:はい、そうですね。

 

マナブ:でもなぜそんな違いができたんでしょう?

 

歴史先生:弘前という城下町は津軽藩のお殿様のお膝元。武士や町人などの結びつきが強く、山車を整然と運行させる保守的なお祭りとして発展しました。一方で青森は港町。外から来た人たちも自由に飛び入り参加して楽しめるような祭りになりました。

 

マナブ:なるほど、町の成り立ちの違いですか。

 

歴史先生:戦後になると特にそれが加速し、青森ねぶたは東北三大祭りとしてブランド化されて観光キャンペーンが行われました。それによってますます大型化し派手なお祭りになったんですね。

 

貨物列車がそのまま船に? 青函連絡船のふしぎ

 

青森ラブリッジ(歩行者専用)から見る青森ベイブリッジ(左上)と青函連絡船八甲田丸

 

 

あおもり駅前ビーチと青森ベイブリッジ

 

マナブ:さて、ねぶたの家 ワ・ラッセのとなりは何とビーチになっています。名前は「駅前ビーチ」。大きな都市の駅前がビーチだなんて、珍しい。

 

歴史先生:そうですよね。人工的なビーチではありますが、とてもフォトジェニックな場所になっています。

 

A-Factory

 

A-Factory内部

 

歴史先生:ビーチの横には「A-Factory」というおしゃれなお土産店&カフェがありますので、観光の途中に立ち寄られるのもいいでしょう。

 

青森に来たらどこかでアップルパイも食べておきたい。A-Facotryはその有力候補の1つ。

 

可動橋

 

マナブ:さぁ、線路の突き当りに青函連絡船が見えてきました。

 

歴史先生:この線路、そのまま船の中まで続いていたんです。

 

マナブ:そうか、本州を北上してきた列車は青森駅が終点ではなくて、そのまま船に乗る?

 

歴史先生:貨物列車はそのとおりです。ここで船に積み替える作業がないので、とても効率的ですよね?

 

青函連絡船 八甲田丸と「津軽海峡冬景色 歌謡碑」

 

マナブ:船の前方に回り込んできました。ここからは全景がよく見えます。煙突にある「JNR」の文字。あれは国鉄のマークでしたね。

 

歴史先生:はい、懐かしいでしょ? ところで手前には津軽海峡冬景色の歌謡碑がありますよ。

 

マナブ:あ、竜飛崎にあったのとほぼ同じですね。真ん中のボタンを押すと大音量で石川さゆりさんの歌が流れる仕組み。

 

歴史先生:そうです、そうです。

 

マナブ:ここ青森駅で夜行列車を下りて、青函連絡船に乗るという歌詞ですね。ぜひここでも聞きたいので、押してみます。

 

(「津軽海峡冬景色」はこちらから聞けます)

石川さゆり チャンネル

https://www.youtube.com/watch?v=dxYgtFTOMSU 

 

歴史先生:さて、では船の中に入りましょうか。

 

マナブ:そうしましょう。

 

 

青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸(地図 ❸)

〒038-0012 青森県青森市柳川1丁目4−112−15

入館料510円(高校生以下、団体割引あり)

9:00~19:00(4~10月、無休)、9:00~17:00(11~3月、月曜休)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://aomori-hakkoudamaru.com/index.html 


「青函ワールド」では昭和30年代の青森駅周辺の様子を再現

 

歴史先生:最初の展示は「青函ワールド」。

 

マナブ:昭和30年代の様子、と書かれていますね。道具類の細部までこだわった、見事な再現になっています。私たちより少し上の世代の方が見たら懐かしいでしょうね。

 

青函連絡船のグリーン席

 

歴史先生:こちらは青函連絡船のグリーン席、ゆったりした1人掛けでリクライニングシートになっています。

 

マナブ:そうか、これも国鉄ですから列車と同じような切符を買って、グリーン席があるんですね。

 

ブリッジ

 

マナブ:竜飛崎の青函トンネル記念館で習ったことですが、青函連絡船は青函トンネル開通と共に廃止されたということでしたね。これはいつからあったんでしょう?

 

歴史先生:青函連絡船は1908年(明治41年)に初めて運行されました。「田村丸」「比羅夫丸」という名前のイギリス製の蒸気船2隻で始まっています。

 

マナブ:坂上田村麻呂と阿倍比羅夫、から来ていますね。

 

歴史先生:はい。そして1925年(大正14年)には新しい4隻の船で鉄道車両をそのまま載せて走る運用を始めました。

 

船内に乗った貨物車両

 

マナブ:主にどんなものを運んだんでしょう?

 

歴史先生:本州から見ると、北海道は資源の宝庫。多量の石炭を採掘していましたし、食料基地でもありました。それらを貨物列車に乗せて関東までそのまま運ぶ、実に効率的な輸送システムができあがったわけです。

 

マナブ:日本の産業の発展に貢献したんですね。

 

歴史先生:しかしそのことによって、太平洋戦争中に米軍から標的にされます。1945年(昭和20年)7月には集中的な空襲を受け、11隻もの船が沈没・大破しました。

 

マナブ:それから洞爺丸台風による事故もありましたよね。

 

歴史先生:はい。1954年(昭和29年)に台風の中出航した洞爺丸が沈没。1,155名の死者・行方不明者を出すという、日本海難史上最悪の事故になりました。

 

機関室

 

歴史先生:1972年(昭和47年)の1日30往復をピークとして、大型ジェット旅客機の投入や石油ショックによる景気減退などによって徐々に需要を減らし、1988年(昭和63年)の青函トンネル開業と共に廃止されました。

 

マナブ:今でもカーフェリーはあるんですよね。

 

歴史先生:はい、青函フェリー(https://www.seikan-ferry.co.jp/ )が青森と函館を結んでいて、トラック輸送はこれを利用します。

 

「善知鳥神社」は何と読む?

 

善知鳥神社

 

 

善知鳥神社(地図 ❹)

〒030-0803 青森県青森市安方2丁目7−18

境内自由

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://utojinja.sakura.ne.jp/ 


マナブ:街の中心部にある神社の前に来ています。「善知鳥神社」・・・何て読むんだろう? ぜんちどり?

 

歴史先生:これは読めませんよね。「うとう」神社、と読みます。

 

マナブ:絶対読めない(笑)。どういう意味なんですか?

 

歴史先生:創建は允恭天皇の時代といいますから古墳時代。この人は仁徳天皇の子で、第19代天皇になりました。そのころ、善知鳥中納言安方(うとうちゅうなごんやすかた)という都の貴族が流罪となり、当時外ヶ浜と言われたこの辺りに住んでいました。彼がここに宗像三女神を祀ったのが最初です。

 

マナブ:かなり昔の話ですね。で、「安方(やすかた)」というのは現在の地名にもなっていますね。

 

歴史先生:はい。彼が亡くなった後、鳥のつがいが飛んできて、雄は「うとう」、雌は「やすかた」と鳴いたそうです。人々はこれは善知鳥中納言安方の化身だと信じました。

 

マナブ:ふむふむ。

 

歴史先生:ところが不届きな猟師がこの鳥を獲ろうとします。すると起こった雄が田畑を荒すようになり、猟師も変死してしまいます。祟りを恐れた地元の人たちはその鳥を丁寧に祀りました。

 

マナブ:不思議な話。

 

善知鳥神社

 

歴史先生:その後平安時代になり、坂上田村麻呂がやってきます。荒廃していたこの神社をみて、彼は社殿を造営して再興。

 

マナブ:坂上田村麻呂が再興したという寺社がたくさんあるようですが。

 

歴史先生:はい、彼は武力だけでは蝦夷を統治できないことをわかっていて、戦争の後に寺社を建立し、宗教の力で統治を確実にしたようです。

 

マナブ:なるほど。

 

歴史先生:さらに室町時代になると南部氏がここへ入り、江戸時代には津軽氏の領地となりましたが、それぞれから厚く崇拝されました。

 

マナブ:ここは青森の中心だったんですね。

 

歴史先生:はい、青森発祥の地、とも言われています。

 

拝殿

 

歴史先生:ところで棟方志功はこのすぐそばの生まれ。少年時代はここの境内でよく遊んだそうです。そして彼の結婚式はこの神社で行われました。

 

マナブ:そうだったんですね。ところで、神社の建物は新しいようですね。他にも青森市内にはあまり古い建物が残っていないように見えるのですが。

 

歴史先生:そうなんです。1945年(昭和20年)7月28日、青森は米軍の大空襲を受けます。市内の90%が焼失し、1,018人の方が亡くなりました。

 

マナブ:青函連絡船だけでなく、市内も空襲のターゲットにされたんですね。悲しい歴史です。

 

三内丸山遺跡(1):板状大型土偶と縄文ポシェットを見逃すな

 

三内丸山遺跡 縄文時遊館

 

 

三内丸山遺跡(地図 ❺)

〒038-0031 青森県青森市三内丸山305

入館料500円(大学生以下、団体割引あり)

9:00~18:00(6~9月およびGW)、9:00~17:00(左記以外)、第4月曜休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/ 


マナブ:青森市の中心部から車で15分。有名な三内丸山遺跡にやってきました。広くて整備された駐車場に停めます。

 

歴史先生:ここには縄文時遊館という大規模な施設があって、三内丸山遺跡のガイダンスや出土品の展示などがあります。ここが遺跡の入口になりますので、まずはここで予習してから遺跡を回りましょう。

 

縄文時遊館 入口

 

縄文時遊館の内部

 

マナブ:それにしても立派な施設ですね。縄文遺跡というと、もっと地味な施設を想像していました。

 

歴史先生:まずは縄文シアターへ。ここで三内丸山遺跡に関する映像を見て予習しましょう。

 

マナブ:三内丸山遺跡はたしか最近発見されたんでしたっけ?

 

歴史先生:はい。青森県営野球場をここに作ろうという計画ができて、1992年(平成4年)にその事前調査で掘ってみたところ、大規模な縄文集落跡が発見されたわけです。

 

マナブ:当然野球場建設は中止になった。

 

歴史先生:はい、そのとおりです。1997年に国の史跡に指定されましたが、2000年には国の特別史跡に変更されています。

 

マナブ:特別史跡って、すごいんでしたよね?

 

歴史先生:特別史跡は全国で63カ所。東北では三内丸山遺跡のほかに平泉(岩手県)の3か所と多賀城(宮城県)、大湯環状列石(秋田県)。東京では浜離宮、江戸城、小石川後楽園の3か所です。

 

マナブ:そして最近では世界遺産になった。

 

歴史先生:はい、記憶に新しい2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」として登録されました。三内丸山遺跡はその中心的な位置づけになっています。

 

マナブ:一口に縄文時代と言っても相当に長い、というのを八戸で勉強しました。三内丸山遺跡はいつ頃の遺跡なんでしょう?

 

歴史先生:ここは紀元前3,900年~2,200年ごろまでの約1,700年続いた集落跡です。

 

 

さんまるミュージアム 入口

 

歴史先生:さて、三内丸山遺跡のすごいところの1つはその出土品。実に1,958点が国指定重要文化財になっているんです。

 

マナブ:そんなに?

 

歴史先生:それだけ貴重な出土品がたくさん出たんです。それらの多くを展示しているのが「さんまるミュージアム」。

 

マナブ:入って見ましょう。

 

貴重な出土品が惜しげもなく展示されている

 

マナブ:実にきれいな資料館です。フロアもゆとりがあって、展示もわかりやすい。

 

漆塗り土器(国指定重要文化財)

 

マナブ:八戸の是川縄文館でも見ましたが、漆塗りの器がずいぶんと出てきますね。縄文土器って土だけで作っているイメージでしたが、こんなに漆が使われているなんて、イメージ変わりました。

 

大型の縄文土器も多数出土している(すべて国指定重要文化財)

 

縄文ポシェット(国指定重要文化財)

 

歴史先生:あ、これこれ。ぜひこれを見ていただきたかったんです。

 

マナブ:どれどれ。ん? 縄文ポシェット?

 

歴史先生:ヒノキの樹皮を使って、網代編みという、当時の人にとってはとても高度な技術で編み上げたものです。高さ16㎝。

 

マナブ:へぇー、そんなものを作っていたなんて。縄文人は器用で頭もよかったんでしょうね。三内丸山遺跡以外でも出ているんですか?

 

歴史先生:はい、全国で編みかごの例がありますが、ここにある縄文ポシェットが一番有名です。これほど完全な形で出土しているのはこれが唯一の例です。しかもですよ、これは三内丸山遺跡の出土品の中でも最も古い部類になります。

 

マナブ:いつ頃のものですか?

 

歴史先生:縄文時代前期、紀元前3,800年ごろのものです。

 

マナブ:ということは今から5,800年前? 樹皮などでできているとしたら、よく今まで残っていましたね。

 

歴史先生:三内丸山遺跡の低湿地にある「捨て場」から見つかりました。水分の多い土の中で一切空気に触れていなかったので、その形が奇跡的に残ったのでしょう。

 

マナブ:でもほんとにポシェットとして使っていたんでしょうか?

 

歴史先生:発掘された時、中にクルミの実の殻が入っていたんです。きっと木の実を集めて入れていたんだろうと思われます。

 

 

大型板状土偶(国指定重要文化財)

 

マナブ:そして有名なのはやっぱりこれ、ですね。「大型板状土偶」。想像してたより大きい。

 

歴史先生:高さ32㎝、重さ1.8㎏もあります。単純な十字型で足もない。女性を表しているようなのですが、独特の表現で作られています。

 

マナブ:単純な形からして、これも相当古い?

 

歴史先生:縄文時代中期、紀元前3,000~2,900年と推定されます。

 

マナブ:さっきのポシェットより800~900年くらい新しい、ということですか。ちなみに合掌土偶と遮光器土偶はいつ頃のものでしたか?

 

歴史先生:いい質問ですね。合掌土偶は紀元前1,500年ごろ(縄文時代後期)、遮光器土偶は紀元前1,000~800年ごろ(縄文時代晩期)のものです。

 

マナブ:それらに比べると大型板状土偶はずっとずっと古い、古代の土偶の形をしているということですね。

 

歴史先生:大型板状土偶、気に入っていただけました?

 

マナブ:はい、これかわいいなぁ。

 

歴史先生:お土産店に大型板状土偶のクッキーが売っていますよ。

 

マナブ:あ、それ、ぜひ欲しい!

 

地下の収蔵庫もガラス越しに見ることができる

 

歴史先生:常設展以外にも時期によっては特別展(別料金)が行われています。今日もやっていますので見に行きましょう。

 

マナブ:いいですね。

 

歴史先生:これ、見てください。

 

人面付き土器

 

マナブ:ん? これはかわいい。

 

歴史先生:人面付き土器、と呼ばれていますが、土偶と同じくこれらも女性だと考えられています。土器の内部には煮炊きの跡があることから、儀式や祭りの食事に使われた特別な土器ではないかと考えられています。

 

マナブ:おもしろい。

 

ヒスイ製大珠(国指定重要文化財)

 

マナブ:これは立派なヒスイだ。

 

歴史先生:紀元前2,300年~1,800年の時期のものと推定されます。

 

マナブ:そんな太古の昔に、こんな美しい宝石が作られていたなんて、信じられない。

 

歴史先生:しかもこのヒスイは糸魚川(新潟県)で産出したものです。それが日本海を北上してここ青森にあります。

 

マナブ:今でも遠いのに、その当時からしたらどれだけ遠方から取り寄せたのか、気が遠くなります。

 

歴史先生:三内丸山遺跡では完成品だけでなく、加工途中のヒスイも見つかっていますから、ここには宝石を作る職人集団がいたことがわかります。

 

マナブ:私の縄文時代のイメージを塗り替えてくれるような話です。

 

遮光器土偶と合掌土偶のマスコット

 

マナブ:わぁ、これかわいいですね。お土産に欲しいなぁ。

 

歴史先生:さて、それでは遺跡の方に行きましょうか。

 

マナブ:はい、そうしましょう。

 

歴史先生:遺跡への出口の手前に、遺跡全体のジオラマがあります。これから歩く場所を把握しておくために、よく見ていかれるといいと思います。

 

三内丸山遺跡のジオラマ

 

トンネルを抜けるとそこは縄文世界

 

歴史先生:さぁ、このトンネルを抜けると、そこは縄文の世界です。

 

マナブ:タイムスリップみたい。わくわく感がすごいです。

 

三内丸山遺跡(2):縄文時代にタイムスリップした気分で歩こう

 

広大な公園として整備されている三内丸山遺跡

 

マナブ:さて、外に出てきました。わぁ、これは広いですね。

 

歴史先生:しかもビルとか、そういった人工物がほとんど見えません。

 

マナブ:たしかに。これは縄文時代の風景とあまり変わらないかもしれませんね。

 

縄文時代の風景もきっとこのようなものだったであろう

 

歴史先生:では遺跡を回っていきましょう。建物には大きく分けて2種類あって、竪穴建物、掘立柱(ほったてばしら)建物、というのがあります。

 

マナブ:どう違うんですか?

 

竪穴建物(復元)

 

掘立柱建物(復元)

 

歴史先生:竪穴建物は地面を掘り下げて、そこを床面として暮らします。その上に茅葺き、樹皮葺き、土葺きといった屋根を付けます。床面には囲炉裏(いろり)の跡などが残っています。

 

マナブ:ふむふむ。

 

歴史先生:掘立柱建物は地面に柱穴を掘って、柱を立てて、床は地面から浮かせたところに作っているもの。地面には囲炉裏のような痕跡はありません。

 

マナブ:なるほど。

 

北の谷の低湿地

 

歴史先生:さて、ここは小さな谷になっていますが、「北の谷」と呼ばれる低湿地です。縄文ポシェットはこのような低湿地の1つから見つかりました。

 

南盛土

 

マナブ:遺跡の中にあるドームに入ります。

 

歴史先生:ここは南盛土がそのまま保存されています。

 

マナブ:盛土って?

 

歴史先生:ゴミ捨て場、です。長期間に渡っていろんなものがここに捨てられて、盛り上がっています。ここ南盛土ではたくさんの土偶が見つかりました。

 

マナブ:ということは土偶って大切に持っておくものではなくて、用が済んだら捨てられるもの?

 

歴史先生:たとえば足をけがした人がいるとして、それが早く治るように土偶を作って足の部分を壊し、身代わりとして大地に返す。それによって命を再生する。縄文人の間にはそういった精神世界があったものと考えられています。

 

マナブ:なるほど、そういう祈りのための道具だったんですか。お人形さんとしての子供のおもちゃではないんですね。

 

子どもの墓

 

歴史先生:遺跡の中には大人の墓、子供の墓などが見つかっています。

 

大型掘立柱建物の跡

 

マナブ:こちらには6つの大きな穴がありますよ。これもお墓かな?

 

歴史先生:いえ、これは大型掘立柱建物の跡。

 

マナブ:ということは、これは柱の穴?

 

歴史先生:そうなんです。

 

マナブ:ものすごく大きくありませんか?

 

歴史先生:ですよね。1つの穴の直径は何と2mもあります。深さも2m。それが4.2mごとに規則正しく並んでいます。そして穴の中には直径1mのクリの木柱がありました。

 

マナブ:発見した人はさぞかし驚いたでしょうね。

 

復元された大型掘立柱建物

 

歴史先生:そして、それを復元したものが、この有名な建物。

 

マナブ:ということは、これは本物の場所に復元したんじゃなくて、すぐその近くに復元して建てたんですね。

 

歴史先生:そうなんです。

 

マナブ:いったい何に使ってたんだろう?

 

歴史先生:それは謎に包まれていて、推測するしかありません。これだけの巨大な柱の建物ですから、建てた人には大変な政治力・経済力があったのでしょう。敵の襲撃を見張る物見やぐらなのか。大規模な祭祀をおこなった施設なのか。それとも天体観測所なのか。想像は限りがありません。

 

大型竪穴建物(復元)

 

歴史先生:そしてもう1つの驚きの発見はこの大型竪穴建物。

 

マナブ:これは大きい。

 

歴史先生:幅32m、奥行き9.8m。約250㎡の大型建物です。縄文時代の建物としてはもちろん日本最大。

 

大型竪穴建物の内部

 

マナブ:中に入ってもすごい広さです。いったいこれは何だったんでしょう?

 

歴史先生:これもまた謎です。村長さんの家? 集会場? あるいは何かの作業場? これは今後の研究調査にゆだねられています。

 

謎の多い大型竪穴建物と大型掘立柱建物

 

三内丸山遺跡から見る八甲田山

 

歴史先生:ここ三内丸山遺跡からは八甲田山も見えています。

 

マナブ:あ、ほんとだ。昔の人もあの山を見て、神を感じたんでしょうかね。

 

歴史先生:広い遺跡を回るには、1日に数回ガイドツアーも出ていますので、そちらに参加するのもよいかと思います。ぜひ皆さんも縄文時代へのタイムスリップ、楽しんでください。

 

日本一大きい!青龍寺の昭和大仏


中門



青龍寺(地図 ❻)

〒030-0935 青森県青森市大字桑原山崎45

参拝料400円(高校生以下、団体割引あり)

8:30~17:00(4~10月)、9:00~16:00(11~3月)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://showa-daibutu.com/ 


マナブ:青森市内中心部から東へ車で20分ほど、青龍寺というところに来ています。


歴史先生:稲山という丘のふもとに広い境内を持っているお寺です。


境内案内図


マナブ:境内案内図を見ても、広いですね。ここはどういうお寺なんでしょう?


歴史先生:1982年(昭和57年)に、弘前出身で真言宗の僧侶だった織田隆弘(こうりゅう)という人が、高野山東京別院の書院を譲り受けて、ここに移築復元したことから始まります。


マナブ:歴史としては新しいお寺ですね。


歴史先生:1984年(昭和59年)には、昭和大仏を建立、開眼。1992年(平成4年)には金堂、1996年(平成8年)には五重塔が建てられました。


金堂と五重塔


マナブ:どの建物もスケールが大きい。


歴史先生:五重塔は高さ39.35mもあるんです。


マナブ:それって?


歴史先生:日本で一番高いのは東寺(京都)の五重塔で、高さ54.8m。続いて興福寺(奈良)が50m、善通寺(香川)が43m。それに次ぐ、日本第4位です。


マナブ:なるほど。


歴史先生:しかも金堂も五重塔も天然青森ヒバで作られています。


遊歩道を進んだ先に昭和大仏がある


歴史先生:では遊歩道を歩いて昭和大仏のところへ行きましょう。


マナブ:あ、見えてきました。


昭和大仏


マナブ:これは大きいなぁ。


歴史先生:青銅座像としては日本一の大きさ。高さは台座を除いて21.35mもあります。


マナブ:たしか奈良の大仏の高さは・・・


歴史先生:奈良の大仏が15m、鎌倉の大仏が13mです。


マナブ:それに比べてかなり大きいですね。これは頭にかぶっているものからして、大日如来?


歴史先生:詳しくなってきましたね(笑)。はい、そうです。真言宗では大日如来こそが宇宙の真理であって、絶対的な根本仏とされています。


大日如来はさまざまな仏に姿を変えて人々を救う


マナブ:とすると、阿弥陀如来とか薬師如来とかはそのお弟子さん?


歴史先生:いえ、真言宗では阿弥陀如来や薬師如来などは、大日如来がその時々で姿を変えて現れたものとされています。


マナブ:そうなんですね。


歴史先生:ということで青森市内をいろいろと回ってきましたが、いかがでしたか?


マナブ:ねぶた、青函連絡船、といった漠然としたイメージしか持っていませんでしたが、それらを具体的に見て勉強になりました。武士による品格を大事にする城下町の弘前とはまた違って、ここは活気ある商売人の港街だったんですね。それから三内丸山遺跡。まさに縄文時代を感じることができました。また、駅の周辺はとてもモダンで、人も多い。実にみどころの多い街ですね。


<おすすめのレストラン>

青森魚菜センター 本店

 

青森と言えば「のっけ丼」。青森魚菜センター 本店はその有名店。

 

 

 

青森魚菜センター 本店

〒030-0862 青森県青森市古川1丁目11−16

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://nokkedon.jp/ 


青森駅前から東方向へ「新町通り」が伸びている。これが青森市のメインストリート。「アウガ」というショッピングモールの角を右折して南へ1ブロック行ったところに青森魚菜センター 本店はある。

 

新町通り

 

青森といえば魚介の美味しいところ。大間のマグロ、陸奥湾のホタテ、などは特に有名だが、新鮮なシーフードを手軽に食べられるグルメとして人気なのが「のっけ丼」だ。

 

実際に行ってみた

 

のっけ丼の注文の仕方

 

・行列のできる有名店なので、混雑するランチ時よりも、空いている朝がおススメ。私たちは平日朝7時に訪問。すぐに入店でき、店内でも余裕をもって好きなものをオーダーできた。

・店に入るとすぐにのっけ丼の注文の仕方が各国語で書かれている。客はほとんどが観光客で、外国人も多い。

・まずは紙のチケット(2,200円。200円券が12枚つづりになっている)を買う。最初にごはん(普通盛1枚、大盛2枚)を指定されたお店で買おう。

 

ごはんをGETしていざ、スタート。

 

 

それぞれの店が違うものを違う値段で出しているので、一周して比較してから買うのがおススメ

 

・それぞれの店を回って好きなものを少しずつ「のっけ」ていく。

 

まずは赤エビ(券1枚)とホタテ(券2枚)を買った

 

・最終的に券が無くなったら、のっけ丼の完成。

・店内数か所にイスとテーブルがあるので、そこで食べる。

・店によって必要な券の枚数もネタの種類や大きさも違う。十分に比較して、12枚の券をどう使うか、考えるのもまた楽しい。


のっけ丼の完成。お茶は給茶機で自由に飲める。

 

<おすすめのレストラン>

青森 帆立家

 

青森に来たからにはやっぱりホタテを食べたい。「帆立屋」は店の名前にするだけあって、ホタテには自信がありそう。

 

 

 

青森 帆立屋

〒030-0801 青森県青森市新町1丁目11−17 丸倉新町ビル 1階

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.instagram.com/aomori_hotateya/

 

実際に行ってみた

 

・平日の18時ごろ入店。店内は半分以上埋まっていて、その後満席になったので、予約をしていない場合は早めに入るのがよさそう。

・店内は居酒屋風。わいわいとグループがにぎやかに飲み、食べていた。

 

ホタテのメニュー

 

・やはりお目当てはホタテ。いろいろなメニューがあるが、定番の刺身と炉端貝焼きをオーダー。

 

ホタテ刺身

 

・まずは刺身。やはり、鮮度がいい。しっかりした歯ごたえと旨味で大満足。

 

ホタテ炉端貝焼き

 

・炉端貝焼きは焼き方のマニュアルが各席においてあるので、それを見ながら自分で焼くスタイル。

・焼くことで旨味がギュッと出てきて、もう大満足の一品。ぜひお試しあれ。

 

<おすすめのレストラン>

長尾中華そば 青森駅前店

 

青森県を旅する途中で、一度は食べてみたいのが「津軽ラーメン」。煮干しから丁寧にとった透明な出汁に、醤油や動物系のスープを合わせたもの。近海でイワシがたくさん獲れることから津軽地方では煮干しが日常的に使われてきた。

 

長尾中華そばは2004年創業の津軽らーめんの有名店の1つ。

 

 

長尾中華そば 青森駅前店

〒038-0012 青森県青森市柳川1丁目2−3

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.naga-chu.com/ 


実際に行ってみた

 

・場所は青森駅ビルの南につながる駐車場の1階。駅から行けば迷わず着く。

 

青森駅ビル

 

・店の前の券売機で食券を購入する。スープや麺の種類をここで考えよう。

 

券売機の横にあるスープや麺の種類、食べ方を解説した看板

 

・平日18時ごろ入店。店内はほぼ満席。全体で10席ほどなので時間帯によっては待つこともありそう。

 

 

・オーダーしたのは「こく煮干し」の「中太麺」。スープは煮干しの香りが豊か。鶏ガラのスープで濃厚さを増していて、絶妙のバランス。こだわりの自家製麺による麺はスープによく絡み、スープのおいしさを十分に引き立てる。

・青森市内の観光の途中で津軽ラーメンを楽しむにはおススメのお店。

 

<おすすめのレストラン>

めぇ

 

青森の旅を終える前に、食べ損ねた名物を食べたい。新青森駅にそんな希望を叶えてくれる店がある。

 

太宰治のパネルが並ぶ店内

 

めぇ

〒038-0003 青森県青森市石江高間140−2

(新青森駅ビル あおもり旬味館内)

 

実際に行ってみた

 

・新青森駅の1階に数軒並ぶレストランの1つ。太宰治をテーマにしたお店で、太宰治のパネルが店内に所狭しと飾られている。

・太宰治が好きだったという品々を集めた「太宰の昼めし」をオーダーする。

 

太宰の昼めし

 

手前左:納豆すじこごはん、若生(わかおい)おにぎり

手前右:けの汁

奥左:桜鍋小鉢

奥中:山菜小鉢

奥右:ほたて貝焼き味噌

 

・青森県の郷土料理がずらり。若生(わかおい)おにぎりは昆布でごはんを巻いた青森のおにぎり。

・けの汁は根菜、山菜を細かく刻んで煮込んだ津軽地方の郷土料理。

・桜鍋は馬肉の煮込み。南部地方の郷土料理。

・ほたて貝焼き味噌は青森市を代表する名物。

・これだけの種類の郷土料理をお昼に食べられるお店はなかなかない。新幹線に乗る前に、ぜひおススメ。

 

<おすすめのホテル>

ドーミーイン青森


青森市内で泊まるには多くの選択肢がある。ドーミーイン青森はその中でもおススメの1つ。


青森市内で目を引く新しい高層ビル



ドーミーイン青森

〒030-0801 青森県青森市新町2丁目5−1

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://dormy-hotels.com/dormyinn/hotels/aomori/


・立地:駅前から伸びる新町通り沿い。

・設備:ドーミーインのクオリティが保証される安心。大浴場や、湯上りサービス、夜鳴きそばなど、施設やサービスのレベルが高い。

・価格:安価を売り物にしたビジネスホテルよりやや高めになるが、宿泊満足度の評価は高い。


実際に泊まった感想


・立地:駅からやや離れるが、新町通りを歩いてお店を見ること自体が楽しい。百貨店や郷土料理のお店などがある。部屋からはアスパムや青森港などの眺めも抜群。

・設備:内部はとても新しく、気持ちよいホテルステイが可能。部屋もシンプルで快適。

・大浴場:眺めのいい大浴場はとても気持ちよく、朝晩と楽しめた。


新町通り


快適な部屋



ねぶた制作者の北村麻子さんによるねぶたが展示されていて、青森気分を盛り上げる


​歴史好きのための観光ガイド
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