
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
レトロな町を見下ろす展望台に登ってみよう
歴史を知るとさらに楽しいレトロな港町散歩
レトロな町を見下ろす展望台に登ってみよう

和布刈神社 鳥居

マナブ:下関から関門トンネルの人道を通って、いよいよ九州に上陸しました。ここから門司港を歩きます。関門大橋の下、さっそく鳥居がありますね。
歴史先生:和布刈(めかり)神社の鳥居です。この神社も古いですよ。
和布刈神社 (地図 ❶)
〒801-0855 福岡県北九州市門司区門司3492
境内自由
9:30~17:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:どれくらい前からあるんでしょう?
歴史先生:ご由緒によれば西暦200年、神功皇后が三韓征伐の勝利を感謝して創建されたのだとか。
マナブ:それは古い。古すぎる。

和布刈神社は壇ノ浦の急潮に面して建つ
歴史先生:ご祭神は瀬織津姫(せおりつひめ)。月の女神で、潮の満ち引きをつかさどるのだとか。
マナブ:聞いたことがない神様ですが。
歴史先生:古事記にも日本書紀にも出てきません。いろんな説があって、天照大神の荒魂(神様は2つの魂があって、そのうちの荒い方)だとか、水をつかさどる龍神様だとか、弁財天と同一ではないかとも言われています。
マナブ:いずれにせよ水と関係がありそうですね。ここ壇ノ浦は潮の満ち引きがとても感じられる場所ですから、そこに古代の人は神を感じたのでしょうかね。
歴史先生:おそらくそうだと思います。この神社のご神宝は「満珠」と「干珠」。神功皇后が海の神から授かったものとされ、満潮・干潮をつかさどっています。
マナブ:というと?
歴史先生:神功皇后はその2つの珠を使って潮の満ち引きを自由に操り、敵の軍艦を沈め、海戦を有利に進めました。
マナブ:そのお宝はいまでもあるんでしょうか?
歴史先生:それらは今の長府の沖合にある「満珠」と「干珠」という小さな島に納められている、あるいはその珠自体が島になったんだそうです。
マナブ:どんな島なんだろう?
歴史先生:長府に行ったときに見てみましょうね。

ノーフォーク広場

ノーフォーク広場は門司港側からの関門橋のビュースポット
歴史先生:ノーフォーク広場を通って門司港の市街地へ行きましょう。
マナブ:ここの広場の名前はどういう由来なんでしょう?
歴史先生:北九州市と米国バージニア州ノーフォークが姉妹都市になったことに由来します。
マナブ:あ、そうなんだ(笑)。下関戦争で活躍した船の名前とか、古い歴史があるのかなって思ってました。

門司港レトロ展望室は31階建てのマンションの最上階にある
門司港レトロ展望室(地図 ❷)
〒801-0853 福岡県北九州市門司区東港町1−32 門司港レトロハイマート 31階
入場料 300円(中学生以下割引あり)
10:00~22:00(最終入場21:30)
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://mojiko-retoro9.jp/spot/mojiko_retro_observation_room/
マナブ:門司港のレトロ地区に入ってきました。高―いビルがありますね。
歴史先生:31階建てのマンションなんですが、最上階は展望室になっています。ここから街を見下ろしてみましょう。


北側の景色
歴史先生:この展望室は高さ103m。日本夜景遺産にも指定されていて、とてもロマンチックな夜景のスポットとしても地元の人たちに愛されています。
マナブ:こちら側は関門橋が良く見えています。

西側の景色
マナブ:対岸の下関が良く見えますね。海峡ゆめタワー、そして水族館。

南側の景色

門司港駅付近
歴史先生:南側は門司港レトロの地区。はね橋や門司港駅も見えています。
マナブ:では早速このあたりを歩いてみましょう。
歴史を知るとさらに楽しいレトロな港町散歩

門司港レトロ。奥に見える黒い建物が旧三井倶楽部、その右側の煉瓦造りに建物が旧大阪商船。

歴史先生:このあたり、門司港レトロと呼ばれていて、古い建物がたくさん残っています。
マナブ:歴史がありそうですね。
歴史先生:しかし門司港ほど、短期間で大きく発展した港は他にはないんじゃないでしょうか。というのも、1889年(明治22年)に国の特別輸出港に指定されるまで、ここは ひなびた漁村にすぎませんでした。そこから数年で猛烈な発展を成し遂げます。

旧門司税関
マナブ:あ、そうなんですか。ということは幕末の下関の話にはここは何もでてこない。
歴史先生:そうなんです。特別輸出港に指定されると、三井物産、大阪商船、日本郵船など海運会社がオフィスを構えます。さらに銀行が建ち並び、ここは九州の一大金融&貿易センターを変化したのです。

門司港駅(国指定重要文化財)

門司港駅の内部
歴史先生:1914年(大正3年)には今の門司港駅の駅舎が建てられました。現存する最古の駅舎として、国指定重要文化財になっているんです。日本で国指定重要文化財になっている駅は、ここ門司港駅と東京駅だけなんですよ。
マナブ:駅の内部もレトロ感いっぱい。とっても雰囲気がありますね。

旧門司三井倶楽部(右)と裏から見た旧大阪商船(左)

旧大阪商船
歴史先生:関門海峡に面したここは貿易港として最適。その当時、日本の三大貿易港といえば横浜、神戸、そして門司港でした。
マナブ:それはすごい。
歴史先生:外国人がたくさん街を歩くようになり、西洋の物があふれかえります。ここは日本でも一番ハイカラな町になったんです。西洋だけでなく、ここは台湾からの物資も集まりました。中でも多かったのはバナナ。
マナブ:バナナは台湾から来ていたんですね。
歴史先生:船の中で熟(う)れ始めたバナナはいち早く売りさばかないといけない、とい うことで、バナナのたたき売りは門司港の名物となります。今では日本遺産に認定されています。
マナブ:へぇー、おもしろい。

大連友好記念館
歴史先生:しかし太平洋戦争によって大陸との貿易は壊滅的な打撃を受け、さらに関門鉄道トンネル、関門国道トンネルが開通すると、門司港はその重要性を失っていきます。門司港の建物群は歴史に取り残された町のようになっていきました。
マナブ:今、それらが残っているのはうれしいですけどね。
歴史先生:これらの建物は維持管理に費用がかかるので取り壊しされる運命でしたが、1995年の国のふるさと創生事業によって門司港レトロが誕生。この古い街並みを今に残すことができたんです。
マナブ:なるほど、そういう経緯でできたのが今の街並みなんですね。

今は観光客でにぎわっている
歴史先生:あ、そろそろ「はね橋」が開く頃です。
マナブ:あ、通行止めになった。そして、少しずつ橋が持ち上がってる。



時間が来るとはねあがる「はね橋」も珍しいアトラクション
マナブ:ところでさっきから「焼きカレー」のお店がたくさん目立っていて、気になっています。
歴史先生:そうなんです。昭和30年代にこのあたりの喫茶店で、残ったカレーをオーブンで焼いて出していたのが焼きカレーの始まりと言われています。そのためここ門司港は「焼きカレー発祥の地」と言われるようになりました。
マナブ:せっかくだから食べていきませんか?
歴史先生:いいですね~。

あつあつの焼きカレー。上にかかっているチーズがおいしい。
歴史先生:ではお腹も満足したことだし、下関に戻りましょう。
マナブ:帰りはどこを通るんですか?
歴史先生:船で海峡を渡りましょう。
マナブ:やった。いいですね!
関門連絡船
https://www.kanmon-kisen.co.jp/route/kanmon.html

門司港から唐戸行きの連絡船に乗る

門司港の街に別れを告げて

右手に関門橋を見ながら

船は唐戸港へ着く、わずか5分の短い船旅
歴史先生:さて、もうすぐ唐戸に着きます。マナブさん、門司港はいかがでしたか?
マナブ:下関とは違って、明治・大正の歴史をたっぷりと感じられる場所でした。貿易港として急に発展して、それが急に衰退したからこそ、当時のレトロな建物が今も残っていて、それが近年きれいに整備されて、今では観光客でいっぱいの楽しい街として復活しているのを嬉しく思いましたね。
