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登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
47都道府県で一番小さな県は一番最後に誕生した
 
香川県ではなぜ「うどん」がたくさん食べられるようになったのか?
 
讃岐平野に「ミニ富士山」がたくさんあるのはなぜ?

 

47都道府県で一番小さな県は一番最後に誕生した

 

 

マナブ:今日は香川県に来ています。

 

歴史先生:香川県というとどんなイメージですか?

 

マナブ:「うどん県」!

 

歴史先生:あはは、そうですよね(笑)。では日本の歴史の中での香川県、昔の国名では「讃岐」の位置づけとしては?

 

マナブ:えーっと、日本史の教科書で香川県が出てくるのって、いつだろう? ちょっと思い当たりません。

 

歴史先生:奈良時代の終わりごろ、空海がここで誕生しました。平安時代の終わりごろ、保元の乱に敗れた崇徳上皇が讃岐へ流されます。その後、平家の世の中になりますが、その平家も讃岐の屋島で源氏に大敗します。

 

マナブ:あ、たしかに、そのあたりは教科書に出てきますね。

 

歴史先生:江戸時代になると徳川家康の孫である松平頼重が高松藩の初代藩主となり、街の基礎を作ります。そして江戸時代中期以降は「こんぴらさん」へのお参りがブームになりました。

 

マナブ:なるほど。香川県の旅ではそのあたりの歴史を辿ることになりそうですね。

 

歴史先生:はい。ところで、香川県というのは非常に小さい。47都道府県の中で小さい都道府県というと、どのあたりを思い浮かべますか?

 

マナブ:そうですね、大阪と東京あたりは小さそう。佐賀県とか沖縄県とかも小さいかな?

 

歴史先生:いい線いってますね。最も小さいのが香川県。続いて小さい順に大阪府、東京都、沖縄県、神奈川県、佐賀県、鳥取県、奈良県、埼玉県、滋賀県、となります。

 

マナブ:なるほど。

 

歴史先生:明治の廃藩置県では、讃岐は小さいがゆえに、2度も消滅していました。

 

マナブ:というと?

 

歴史先生:廃藩置県が行われた1871年(明治4年)にはまずは高松県、丸亀県が置かれ、その年のうちに両者は合併し、「香川県」になりました。

 

マナブ:香川県という地名の由来は何でしょう?

 

歴史先生:両者の間にあった香川郡という場所から取られました。高松、丸亀のどちらか1つを選べなかったのかもしれません。

 

マナブ:なんだかあんまりピンとこない名前ですね。

 

歴史先生:しかし2年後に、香川県は隣の徳島県に吸収されて名東県になります。しかし讃岐の人から見て徳島は案外遠くて不便。

 

マナブ:で、独立の運動が起きた?

 

歴史先生:はい、住民の間で独立の運動が起き、1875年(明治8年)に香川県が復活します。しかし翌年の1876年(明治9年)、今度は反対側の愛媛県に吸収されてしまいました。

 

マナブ:小さいがゆえに、効率化を求めてどっかにひっつけられてしまうんですかね?

 

歴史先生:そうなんです。でも香川県の人から見ると愛媛県とは交流も少なく、文化も違う。そして松山市はとても遠くて不便。松山市から見ても香川県はなじみがなく、予算配分でも不利な扱いを受けたそうです。

 

マナブ:また独立運動が起きそう?

 

歴史先生:はい。しかし今度は簡単にはいきませんでした。ところで幕末の時代、高松藩の勘定奉行の家に生まれた中野武営(たけなか)という人がいました。この人は明治維新後、東京に出て内務省や農商務省に勤め、政権中枢と懇意になります。その後、地元に戻って愛媛県議会議長になりましたが、当時の有力者であった大隈重信、黒田清隆、松方正義らと水面下で香川県独立の調整をしていたようです。

 

マナブ:ふむふむ。

 

歴史先生:そして1888年(明治21年)、ようやく香川県の独立を果たしました。全国47都道府県の中で最後に出来た県、です。

 

マナブ:あまり知られていない人ですね。

 

歴史先生:はい、香川県の地元でもあまり知られていない偉人ですが、香川県独立の父、なんて言われたりもします。近年、彼の功績の再評価が進んでいて、高松城に銅像が建てられましたし、中野武営(たけなか)という名前から「ぶえいさん」と親しみを込めて呼ばれ、その名前のお菓子がお土産で売られたりするようになりました。

 

高松城にある中野武営像

 

歴史先生:ところで、香川県と岡山県の間にはたくさんの島々があります。小豆島(しょうどしま)や塩飽(しわく)諸島などですが、これらはどちらに属すると思いますか?

 

マナブ:え? どちらだろう。

 

歴史先生:これらのほとんどは香川県に属します。

 

マナブ:それは香川県があまりにも小さいから、間にある島々を香川県に編入したのかな?

 

歴史先生:それもあるかもしれませんが、元々これらの島々が高松藩や丸亀藩とのつながりが深かったので、香川県になったのだろうと思われます。

 

香川県ではなぜ「うどん」がたくさん食べられるようになったのか?

 

讃岐うどん

 

マナブ:さきほど「うどん県」と言いましたが、やっぱり讃岐と言えば「うどん」です。でもどうしてこんなにうどんが有名になったんでしょう?

 

歴史先生:どうしてだと思います?

 

マナブ:えーっと、うどん作りには小麦が必要。讃岐では小麦がたくさん採れた?

 

歴史先生:はい。逆に言えば、米作りはあまりされていなかったんです。

 

マナブ:なぜでしょう? 田んぼに出来そうな広い平野があるのに。

 

歴史先生:それには讃岐が長年苦労してきた水不足の問題があるんです。

 

マナブ:あ、そういえば、香川県にはため池がたくさんあるって、地理か何かで勉強したような。

 

歴史先生:そうです、そうです。香川県はその南に讃岐山脈が走っていて、川はそこから北へ流れていますが、どれもすぐに海に到達します。そのため、水量の豊かな川がない。さらに瀬戸内気候で晴れの日が多く降水量が少ない。ということで、香川県は日本一ため池の密度が高いところなんです。

 

マナブ:密度?

 

歴史先生:はい、ため池の数で言うと兵庫県、広島県に次ぐ第3位なんですが、それを面積で割ると日本一になります。

 

マナブ:狭いですからね。

 

日本一の大きさをもつため池「満濃池」

 

マナブ:今でも水不足なんですか?

 

歴史先生:水不足解消のため、1978年(昭和53年)に、高知県・徳島県を流れる大河、吉野川から、讃岐山脈の下に8㎞にも及ぶ導水トンネルを掘って、讃岐平野へと水を流す設備を作りました。これが香川用水。

 

マナブ:すごいことをやりましたね。

 

歴史先生:これによってかなり改善はされましたが、今でもまだ十分というわけではなりません。さて、うどんの話に戻りましょう。お米ではなくて小麦が栽培されていたから、ということでしたが、もう2つ、うどんに必要なものがあります。

 

マナブ:何だろう?

 

歴史先生:1つは塩。讃岐は瀬戸内の中でも最も塩造りが盛んだった地域です。丸亀や坂出の海岸の多くは昔は塩田でした。

 

マナブ:なるほど。

 

歴史先生:そしてもう1つは調味料。小豆島の名産の醤油や、瀬戸内で豊富に獲れるイリコの出汁などが使われました。

 

マナブ:うどんに必要なものがすべてそろっていたんですね。

 

讃岐平野に「ミニ富士山」がたくさんあるのはなぜ?

 

飯野山

 

歴史先生:さて、香川県の地形について見ていきましょう。とっても特徴的なのは「ミニ富士山」と呼ばれる山々。なんと30個もあるんです。

 

マナブ:ミニ富士山?

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歴史先生:はい、とても形の整った山です。その代表格は「飯野山」。地形図を見てみましょう。

 

 

マナブ:おぉ、これはきれいな形。まん丸ですね。

 

歴史先生:この山の形、どうやってできたと思いますか?

 

マナブ:富士山のミニ版だとすると、成層火山、かな。噴火を何度も繰り返して、火山灰とか火砕流とかが流れ出て、徐々に積もってきれいな形になった。

 

歴史先生:そう思われがちなんですが、実は違うんです。

 

マナブ:えっ、違うんですか?

 

歴史先生:成層火山だと、山頂に大きな火口がありますね。でもここのミニ富士山たちには火口の穴がない。

 

マナブ:たしかに、地形図を見ても火口がありません。

 

飯野山の山頂は平らになっているが火口は見当たらない

 

歴史先生:このあたりは花崗岩でできた大地でした。そして太古のある日、地表からマグマが突然湧き出て、ドドーンと噴火します。湧き出たマグマはそのまま冷え固まって安山岩の山になります。

 

マナブ:でも香川県って、火山のイメージがありません。

 

歴史先生:そうですよね。とても昔の話なんです。2500万年前ごろ、日本列島が大陸から剥離しはじめました。そして1400万年前ごろにフィリピン海プレートが四国の下に潜り込んで、ここ香川県のあたりでマグマが地表に噴出するようになったんです。


マナブ:すいぶん昔の話なんだ。

 

歴史先生:さて、マグマが地表に出て急激に冷やされたことで、その名残りの安山岩の内部はぎっしりと「柱状節理」になっています。

 

マナブ:柱状節理の話、これまで何度か出てきましたね。高温のマグマが地表に出てきたとき、空気や他の地層に触れているところから急激に冷やされて、その面に垂直に六角形の結晶になる。

 

歴史先生:はい。そして安山岩の部分はとても固いので、風化や浸食に耐えて残ります。一方で花崗岩はそれなりに風化でもろくなります。ミニ富士山の地質を調査してみると、山の上半分は安山岩で、下半分は花崗岩になるのですが、もっと立体的に見ると、安山岩は地中奥深くまでずっとつながっています。


マナブ:ん? どういうこと?


歴史先生:ちょうど鉛筆を想像してもらうとわかりやすいでしょう。鉛筆の芯が安山岩で、木の部分が花崗岩、という感じです。


マナブ:あ、なるほど。でもここ香川県だけ、こんなにきれいな形の山が残っているのはなぜでしょう?


歴史先生:2つ理由がありそうです。1つはその安山岩。このあたりの安山岩は特に「讃岐岩質安山岩」、通称「サヌカイト」と呼ばれるものです。ガラスのように緻密な組織を持っていて、叩くと「カンカン」と音がすることから「かんかん石」とも呼ばれています。古代はこの石は肉を切り分ける石器の刃物として使われていました。このとても固い岩だったからこそ、風化・浸食から残ったんですね。


マナブ:まずは岩が違っていた。もう1つは?


歴史先生:香川県は雨が少ないと言いましたが、それによって風化・浸食が抑えられたことです。台風や大雨の多い地域でしたら、もっと花崗岩の部分の崩壊が速く進んで、山ごと崩れてしまっていたかもしれません。


マナブ:そういう偶然が重なってできているんですね。


歴史先生:ところで本家の富士山はいつごろできたか覚えていますか?


マナブ:「伊豆半島の地形」という回でその話を聞きましたね。たしか富士山はかなり新しいんじゃなかったでしたっけ。


歴史先生:はい、1万年前くらいに出来た山です。香川県のミニ富士山はいつでした?


マナブ:さっきの話だと1,400万年前くらい?


歴史先生:そうなんです。富士山を1歳の赤ちゃんに例えると、ミニ富士山は1,400歳のお化け。


マナブ:すごい差だ。


歴史先生:なのに形がきれいだと思いません?


マナブ:あれ、ほんとですね。太古にできた山って、形が崩れてもうわからなくなってるのが普通でしょ? なのにとっても形がきれいで、最近できたばかりの山みたい。


歴史先生:不思議ですよね。これは下の方の花崗岩が風化で崩れても、時々発生する大地震などで上の方の安山岩が崩れてその穴を埋めてきたからだ、と考えられています。それで形がいつまでも保たれていて、鉛筆のようにいつまで削っても無くならない。


マナブ:いつまでも若々しい。アンチエイジングの神様として信仰されてもいいかも。

 

​歴史好きのための観光ガイド
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