登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
各社の軍艦島ツアー。どこを選んだらいいの?
ツアー当日。えっ、まさかの欠航?
翌日は波穏やか。軍艦島デジタルミュージアムに集合、ここで予習。
左右に世界遺産が次々に現れる。おススメは右側の席。
海に沈んだかつての軍艦島? 横島の悲劇的結末
高島、そして中ノ島。炭鉱の島が続く
軍艦島が本物の軍艦のようにみえる角度があった
軍艦島へ上陸:世界遺産になっているのは実はとても意外なものだった
各社の軍艦島ツアー。どこを選んだらいいの?

軍艦島(端島)
マナブ:軍艦島はツアーでないと行けません。だからしっかりと調べて事前手配をしました。
歴史先生:どのように手配したんですか?
マナブ:ツアー会社は4社あります。
やまさ海運
軍艦島コンシェルジュ
https://www.gunkanjima-concierge.com/
シーマン商会
https://www.gunkanjima-tour.jp/
軍艦島クルーズ
https://www.gunkanjima-cruise.jp/
そして以下の条件で比べました。
(1)船酔いしたくないので、船は大きいほうがいい。できれば新しい船がいい。
→ やまさ海運、軍艦島コンシェルジュが候補。軍艦島コンシェルジュは船が新 しい。他の2社は比較的小型の船。
(2)寒さ暑さや雨を避けるため室内の席が欲しいが、写真を撮るためにデッキに自由に出られるツアーがいい。
→ 各社Webにある情報では非常に分かりにくいが、軍艦島コンシェルジュのプレミアム以上ならこれが保証されている。
(3)一生に一度のことなので値段は少し張り込んでもOK。
→ 軍艦島コンシェルジュのプレミアム以上はすこし値段が張るがその価値がありそう。
ということで今回は軍艦島コンシェルジュのプレミアムで手配しました。以 下、軍艦島コンシェルジュのスタダードとプレミア、そして最上位クラスのスーパープレミアムの比較をまとめておきます。

軍艦島コンシェルジュの新型船「ジュピター」
軍艦島コンシェルジュのクラス別比較
スタンダード | プレミアム | スーパープレミアム | |
乗船まで | 軍艦島デジタルミュージアム見学料金込み。出港時間までに各個人で近くの常盤埠頭に歩いていく。 | 軍艦島デジタルミュージアム見学料金込み。3階「シマノリズム」に集合。軍艦島で育った語り部による説明ののち、スタッフが船まで誘導する。 | |
座席 | 自由席。早い者勝ち。ボトム(船底)室内、1階室内、1階デッキに分かれていて、満席の時は移動できない。寒 い日、暑い日や雨天時にずっとデッキにいるのはつらい。 | 指定席。室内の中央3列(レイアウトは2-3-2列)。出港後すぐに2階デッキも使える。デッキへはスーパープレミアムの人の後から案内される。 | 指定席。室内の左右窓 側2列(レイアウトは2-3-2列)。出港後すぐに2階デッキも使えるようになる。最初に案内される。 |
ドリンク | なし | 無料のホット、コー ルドドリンクを自由に飲める。 | |
トイレ | 1か所のみで混雑する | 2か所あり比較的余裕がある | |
軍艦島の周遊時 | 1階デッキで見るが、乗客の多いときは大変混雑する。船は一度周遊したのち、回転して戻ってくるので、左右どちら側でも見えるようにしてくれるが、デッキ内で場所を移動するのは難しい。 | 船首のデッキに出ることが可能。2階デッキからもよく見える。スーパープレミアムの人の後で案内される。 | 船首のデッキに出ることが可能。2階デッキからもよく見える。最初に案内される。 |
軍艦島に上陸するとき / 帰港して下船するとき | 最後に下船となる。混雑時には下りるのに時間がかかる。 | スーパープレミアのすぐ次にスムーズに下船できる。 | 最初にスムーズに下船できる。 |
軍艦島上陸 | ガイドの案内を聞きながら第1、第2、第3見学広場をめぐ る。席のクラスによる違いはない。 | ||
上陸後、船に戻るとき | 自由席は再び早い者勝ちになるので、帰路に良い席を取りたければ早く戻った方が良い。 | 指定席なので出港時間ぎりぎりに戻ってもよい。 | |
大人料金(平日) | 5,000円 | 8,000円 | 10,000円 |
大人料金(特定日:土日祝、連休等) | 5,500円 | 9,000円 | 11,000円 |
※価格等は取材時のものです。
マナブ: そして指定席ですが、中央列右端を選びました。地図を見ていると、右側の方が見どころが集中しているように思ったので。
歴史先生:いいですね、正解だと思います。
マナブ:その他、何かアドバイスありますか?
歴史先生:一部のWebにはまだ軍艦島への上陸率の優位性が謳われていますが、今では各社変わりません。というのは長崎市が2021年4月から基準を変更し、軍艦島からは遠く離れた伊王島の波高計が0.5mに達すると上陸禁止、という制限を付けたのです。これによって、以前は90%以上の上陸率であったものが、今では30~40%程度に大幅ダウン。波の高い季節には1か月近くも連続して上陸できない、などといったことが起きているようです。
マナブ:なぜそんなことになったのですか?
歴史先生:それがよくわかりません。観光に力を入れているはずの長崎市が、なぜ観光客を遠ざけるようなことをしたのか。理解に苦しみます。
マナブ:長崎市の偉い人~~~! これを見ていたらぜひ行動を起こしてください! 私たち観光客は軍艦島を楽しみにわざわざ長崎まで行くんですよ~!
歴史先生:ほんと、そうですね。ところで軍艦島コンシェルジュは、「軍艦島デジタルミュージアム」の入館料もセットになっています。このミュージアムはツアーに参加しなくても見ることができますが、入場料1,800円とそこそこ高いので、軍艦島に行くツア ー料金に込み、だとお得感があります。
マナブ:ということで、事前手配はバッチリ。上陸できるかが心配だけど、とりあえずツアー当日が楽しみです。
ツアー当日。えっ、まさかの欠航?
マナブ:ツアー当日の朝です。今8時15分。天候は晴れ。風が少し強めなのが心配・・・。おっと、ツアー会社から電話がかかってきました。「本日は高波のためツアーは中止」、とのこと。「えーっ!」と叫びたいところでしたが、幸運なことに明日のツアーに空きがあり、明日に振り替えてもらいました。今回は数日滞在するのでそれができましたが、軍艦島に行くなら旅行の予定に余裕を持たせておきたいですね。
歴史先生:こういうことがあるので、軍艦島ツアーは滞在日程の早めの日に入れておいて、もし欠航の場合は翌日以降で振替できるようにしておくとよいでしょう。今日は無理に船を出 しても上陸はできなかったでしょうから、明日は波がおだやかであることを祈りましょう。
翌日は波穏やか。軍艦島デジタルミュージアムに集合、ここで予習。
マナブ:さて、翌日になりました。今日は電話がかかってきません。とても穏やかな晴天に恵まれました。集合場所になっている、大浦天主堂の電停から歩いてすぐの「軍艦島デジタルミュージアム」(地図 ❶)に行きましょう。

軍艦島デジタルミュージアム

軍艦島デジタルミュージアム(地図 ❶)
〒850-0921 長崎県長崎市松が枝町5−6
入館1,800円(高校生以下、長崎県在住者、団体割引あり)
9:00-17:00、不定休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.gunkanjima-museum.jp/
マナブ:ツアー参加者は1階で受付を済ませたら、出港時間まで2階、3階の展示室で軍艦島の事前学習ができます。
歴史先生:展示は盛りだくさん。その中で私が面白いと思ったのは、2階の「軍艦島の謎」というコー ナー。タッチパネルで自分自身でコンテンツを見ていくのですが、軍艦島の面白い話がたくさんありました。ぜひ皆さんご自身で見ていただきたい。

軍艦島の謎
マナブ:私は3階の軍艦島30号棟の模型も面白かったです。今の廃墟になっているビルと、昔実際の人が暮らしていた時のビルの様子を比べて、そして1軒だけ壁が取れていて人が住んでいる家の中をのぞいたりできるのも楽しい。

軍艦島30号棟の模型
マナブ:そのほか、軍艦島上空を飛べるVRや、作業員が炭鉱の坑道に入っていく感じがリアルなシアターなど、とても興味深いものでした。そうそう、炭鉱の坑道に入っていくシアター、これは驚きでした。
歴史先生:というと?
マナブ:石炭って、もっと浅いところから掘り出しているんだと思っていました。でも軍艦島ではまずは作業員はエレベーターに乗って、一気に600mも地下に降りるんですね。それって東京スカイツリーの高さくらい。さらにジェットコースターみたいな斜めのトロッコ。これは前向きだと怖いので後ろ向きに乗る、って言っていましたが、これでさらに数百メートル急な坂を下るとか。
歴史先生:とても深い地下空間で作業していたわけですよね。ところで、地下空間って、暑い・寒い、どちらでしょう?
マナブ:えーっと、マグマに近いから暑い、とか?
歴史先生:正解です。一般に100m下がると3度上昇すると言われています。
マナブ:たしか石炭を掘っていたのは1,000mも下だったとか。
歴史先生:とすると、気温は地上よりも30度も高い。まるで岩盤浴の中で作業しているみたい。
マナブ:うゎー、それは辛い。
歴史先生:しかも崩落や爆発の危険があって、粉塵もすごい。
マナブ:とてつもなく過酷な環境ですね。
歴史先生:命の危険もあって過酷な環境。だからそれだけ高い給与をもらわないといけませんよね。
マナブ:あ、もうすぐ出港、のアナウンスがありました。
歴史先生:船が出るのは軍艦島デジタルミュージアムから歩いて5分ほどの常盤桟橋から。スタンダード(一般の席)の乗客は自分で行って桟橋に集合。そしてプレミアム(並びにスーパープレミアム)の乗客は、ミュージアム3階に集合して軍艦島の模型の前で元島民の方から説明を受け、その後スタッフが先導して桟橋まで連れて行ってくれます。
マナブ:島の模型の前で、元島民の方からお話を聞きました。子供時代に島で遊んだリアルな思い出。三菱のえらい人は眺めのいい風呂付の部屋で一般社員の部屋とはずいぶん格差があったとか、三菱が島内にパチンコ屋を作ったのは福利厚生のためではなく、社員に支払った給与を合法的に取り戻す作戦だったなど、面白い話が盛りだくさん。これだけで聞きに来た価値がありました。

軍艦島の大型模型
マナブ:スタッフの方にエスコートされて、常盤桟橋へ向かいます。あ、船が見えてきました。かっこいいなぁ。あれに乗るんですね。
歴史先生:2017年導入のジュピター、です。他に2023年導入のトリトン、もあります。
マナブ:この会社の船はいずれもすごく新しいですね。

ジュピター号
マナブ:あ、これ。ガンショーくんの顔出しパネル(笑)。
歴史先生:軍艦島を支えている「岩礁」のキャラ、ですね(笑)。

ガンショーくん
マナブ:さぁ、乗りましょう。プレミアム、スーパープレミアムの乗客は2階席、です。1階席のスタンダードは室内とデッキ、いずれも満席になっています。あれだと自由に動けそうにないなぁ。
歴史先生:そうですね。スタンダードは早い者勝ちの自由席になっています。寒い日や雨の日に室内の席が取れず、デッキ席になると少し辛いかも。
マナブ:2階の室内席は指定席で、スーパープレミアムが左右の2列ずつ、真ん中がプレミアムです。デッキ席は自由席になっていて、出港後に開放されるそうです。フリードリンクも備えてあって、ちょっとリッチな気分になりますね。人数のわりにトイレが2か所もあって、安心です。
歴史先生:さぁ、いよいよ出港です。

2階席室内の様子
左右に世界遺産が次々に現れる。おススメは右側の席。

マナブ:さぁ、出港です。スーパープレミアムの乗客、プレミアムの乗客の順でデッキ席が開放されました。デッキは自由席です。そのまま室内にいる人もいます。
歴史先生:デッキには席もたくさんあるので、右側で写真の撮りやすい席に座れました。
マナブ:デッキの手すりの所に立つのは禁止。座っている乗客全員から景色が良く見えるように、という配慮です。写真や動画を撮るには手すりの所まで行きたいけれど、席からでも少し望遠をかければ大丈夫。

ジャイアント・カンチレバー・クレーン(世界遺産)

歴史先生:さぁ、早速右側に見えてきました、「ジャイアント・カンチレバー・クレーン」(写真右)(地図 ❷)。世界遺産です。
マナブ:船だとすぐ近くから見えますね。稲佐山を背景にして立つ世界遺産、絵になるなぁ。
歴史先生:左に停泊している2隻はイージス艦のようですね。ここ、三菱重工業 長崎造船所ではイージス艦の建造もおこなっています。

三菱重工業 長崎造船所 第三船渠(世界遺産)
歴史先生:また右側、すぐに世界遺産が見えて来ました。三菱重工業 長崎造船所 第三船渠(どっく)(地図 ❸)。
マナブ:小さな湾の地形を生かして作られていますね。

三菱重工業 長崎造船所 第一、第二ドック
歴史先生:続いて巨大な第一、第二ドック(地図 ❹)の目の前を通っていきます。
マナブ:大迫力ですね。
歴史先生:ここは戦艦武蔵を建造したことで有名。しかもまだ現役のドックです。戦艦武蔵はあまりにも巨大で、進水するときには対岸の岸を少し削ったとか。また外国人に目に触れないように相当気を使ったようです。

小菅修船場跡(世界遺産)
歴史先生:今度は変わって左側。小菅修船場跡(こすげしゅうせんばあと)(地図 ❺)が見えています。これもまた世界遺産。五代友厚、小松帯刀、トーマス・グラバーといった人たちが出資して作った洋式のドックで、日本で初めて英国から取り寄せた蒸気機関を使った曳(ひ)き上げ装置を持っていました。船を乗せて曳き上げるレールがそろばんのように見えたので「そろばんドック」の愛称で呼ばれていました。
マナブ:世界遺産が続きますね。ここも地形をうまく生かしています。

女神大橋をくぐる

歴史先生:次は女神大橋(地図 ❻)の下をくぐります。
マナブ:ずいぶん高いところにかかっている橋ですね。
歴史先生:海面からの高さは65m、斜張橋としては日本一の高さです。
マナブ:これは両岸の地形からそういう高さになったのですか?
歴史先生:それもあると思いますが、一番の理由は国際的な大型観光船の入港ができるようにした、ということでしょう。
マナブ:あ、そうか。でも豪華客船って、船自体どれくらいの高さがあるんでしょう?
歴史先生 :有名なところではクイーン・エリザベス。高さが56.6mあります。女神大橋でしたらくぐることができますね。ところで、このクイーン・エリザベスは横浜の大さん橋に入港していましたが、実は横浜のベイブリッジの高さは56mしかありません。
マナブ:え? ではぎりぎり引っかかるはず。どうやってくぐったんですか?
歴史先生:海面が少し低くなる干潮時を狙って、ぎりぎりで通したらしいです。
潜伏キリシタンの島に建つ白亜の大聖堂:神ノ島&伊王島

神ノ島教会とマリア像
歴史先生:右側を見てください。白い教会が見えますか?
マナブ:はい、見えます。
歴史先生:あれが神ノ島教会(地図 ❼)。岬の先端に白いマリア像が立っています。
マナブ:美しい・・・。
歴史先生:今は埋め立てで陸続きになっていますが、昔は島でした。この島には潜伏キリシタンがたくさん住んでいたと言われ、明治になって1876年に仮聖堂が建ち、1897年に今の教会が建てられました。
マナブ:女神大橋をくぐったあたりから、室内席に戻る人が増えました。デッキ席の中でも移動ができるようになりましたね。
歴史先生:そうですね。ちょっと左側に行きませんか?

大島造船 香焼工場

マナブ:おっと、左側に大きな造船所が見えてきました。
歴史先生:これは大島造船 香焼(こうやぎ)工場(地図 ❽)。元は三菱重工の造船所でしたが、2021年から2022年にかけて大島造船に引き渡しがなされました。
マナブ:大島造船?
歴史先生:はい。長崎県西海市に大島という島があって、そこに造船所を持っている会社です。大島というのは元は炭鉱の島でしたが、炭鉱閉山にともなって造船業を誘致しました。大島造船というのは大阪造船所(現 ダイゾー)と住友重機械工業株式会社、住友 商事株式会社が合弁で作った会社です。
マナブ:それにしても大きいですね。
歴史先生:世界でも最大級の造船所の一つです。開業当時は世界一と言われていましたが、現在では韓国の現代重工業蔚山造船所が世界一と言われています。

右側の険しい海岸線
マナブ:右側の景色もきれいです。切り立った崖が続きますね。長崎の地形は本当に平地が少ないです。
歴史先生:伊王島が見えてきました。

伊王島
マナブ:岬の先端にある白いのは灯台ですか?
歴史先生:はい、そうです。伊王島灯台。ここも歴史があるんですよ。
マナブ:というと?
歴史先生:幕末の1866年、英米仏蘭4か国と結んだ条約によって、外国船の航海の安全のために全国に8か所の灯台が設けられることになりました。伊王島もその1つ。1870年(明治3年)に完成しました。
マナブ:それは古い・・・。
歴史先生:英国人 の技師による設計で、六角形の鉄製の灯台でした。
マナブ:「でした」ということは、当時の灯台は現存していないんですか?
歴史先生:原爆で被害を受け、台座がゆがんでしまいました。今の灯台は戦後1950年(昭和25年)に四角形の鉄筋コンクリートの台座を造り、その上に昔のドーム部分を乗せた構造になっています。
マナブ:現存してたら重要文化財、とかになっていたんでしょうね?
歴史先生:恐らくそうでしょうね。現在、灯台で重要文化財指定されているものは全国に13か所あります。
文化庁のWebサイト:
https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/index.html
マナブ:その手前には赤い屋根の建物が並んでいます。
歴史先生:ここは「i+Land nagasaki」。数軒のホテル、温泉とSpa、海水浴場、レストラン、そして多彩なアクティビティを誇る、大型の総合リゾートです。長崎市内から車で30分。大波止から船でも行けます。
i+Land nagasaki
https://www.islandnagasaki.jp/
マナブ:こんなリゾートが市内から近くにあるなんて、うらやましい・・・。

カトリック馬込教会
マナブ:あ、あれは教会ですか?
歴史先生:はい。あれはカトリック馬込教会。
マナブ:大きい教会ですね。
歴史先生:先ほどの神ノ島と同様に、ここ伊王島も潜伏キリシタンが多く住んでいました。今でも住民の半数以上はカトリック信者です。
マナブ:いつ建てられたんですか?
歴史先生:1871年(明治4年)に、近くの丘の上に椎山小聖堂という教会が造られ、その後ゴシック建築の白亜の聖堂が建てられたのですが、残念ながら落雷や台風で倒壊してしまいました。そこで1931年(昭和6年)に煉瓦造りの現在の聖堂が建てられました。国の登録有形文化財です。
マナブ:長崎は日本で教会が一番多い、と言われますが、本当にあちらこちらにありますね。

伊王島大橋
マナブ:伊王島大橋(地図 ❾)をくぐりました。船の後ろにきれいに見えています。カーブがかかっている美しい橋ですね。
歴史先生:2011年開通、と言いますから、新しい橋ですね。この橋の開通によってリゾートエリアに手軽に行けるようになりました。
海に沈んだかつての軍艦島? 横島の悲劇的結末

横島の残骸

歴史先生:次、左側の海面に注目してください。岩のようなものが出ていますよね。
マナブ:はい、いくつか岩礁が見えます。
歴史先生:実はこの岩礁、昔は軍艦島のような島だった、と言ったら信じられますか?
マナブ:えっ? どういうことですか?
歴史先生:昔、ここは横島(地図 ❿)と呼ばれていました。高島、中の島、端島(軍艦島)と並ぶ、炭鉱の島でした。1898年(明治31年)に操業開始。周囲に石垣を造り、埋め立て地を作って東西330m、南北60mの島を造り、700人が移住。小学校や病院、発電所や炭鉱施設、そして高い煙突がそびえる、まさに軍艦島のような島だったんです。
マナブ:それで?
歴史先生:ところが炭坑内での圧力が高まり坑道が塞がれる事態が続き、わずか4年で閉山を余儀なくされたんです。その時、石垣は端島(軍艦島)などで再利用するために撤去されました。
マナブ:閉山によって普通の島に戻った、ということなんでしょうけど、今の姿はどうして?
歴史先生:昭和40年代になって、ここで地盤沈下が始まりました。それによって島が傾き、海中に沈んでいったのです。坑道の大規模な崩落が原因では ないかと言われていますが、詳しいことはわかっていません。
マナブ:島が海中に沈んだなんて・・・。そういえば手前の岩礁は斜めに傾いていますね。
歴史先生:そうなんです。悲劇の島、横島のかつての姿を思い浮かべながら進んでいきましょう。
高島、そして中ノ島。炭鉱の島が続く

高島

歴史先生:ここからは炭鉱の島が続きます。まずは高島、次に中ノ島、そして端島(通称;軍艦島)です。
マナブ:右側に見えてきたのが高島(地図 ⓫)ですね。
歴史先生:高島では、江戸時代の初期、1695年に石炭が発見され、つるはしを使って手彫りで細々と採炭がされていました。しかし幕末になって外国の蒸気船が来航するようになり、急に石炭の需要が伸びたことに伴い、1868年(明治元年)にトーマス・グラバーが佐賀藩と共同で炭鉱の開発を始めました。
マナブ:お、ここでもまたグラバーさんだ。いろんなことをやっていますね。
歴史先生:グラバーさんは英国から技師を呼び寄せて、日本で初めて、洋式の竪坑(たてこう)を造り、石炭の採掘を始めました。この竪坑は北渓井坑跡(ほっけいせいこうあと)と呼ばれ、世界遺産になっています。その竪坑から蒸気を使った巻き上げ機で石炭を地上に運ぶなど、近代的な設備を備えていました。
マナブ:たしかグラバー商会は明治になって倒産したんでしたよね?
歴史先生:はい、そうなんです。その後、高島炭鉱では爆発事故や労働者の暴動など暗い話が続き、事業の継続がピンチになりました。しかしそこを救ったのが三菱の創業者ですが、その名前は?
マナブ:岩崎弥太郎、ですね。
歴史先生:正解です。1881年(明治14年)に問題だらけだった高島炭鉱を買収。事業の立て直しに成功し、高島炭鉱での収益を元にして、他の炭鉱の開発や造船業へと進出。今の三菱の基盤を作りました。
マナブ:まさに三菱発祥の島、という感じなんですね。
歴史先生:はい、そう言ってもいいでしょう。高島炭鉱は その後も採炭量を伸ばし、戦後の高度成長期を支えたのち、1986年(昭和61年)にその幕を閉じました。
マナブ:今はどうなっているんですか?
歴史先生:今では海水浴場として人気。炭鉱の関連では高島石炭資料館、が立っています。炭鉱に関わる資料や機械、トロッコなどが展示されています。

右側が中ノ島、左側が軍艦島
マナブ:デッキ席が一旦クローズになるようです。室内に戻るように言われました。
歴史先生:さぁ、いよいよ軍艦島が右前方に見え始めましたが、その前に、今右側に見えるのが中ノ島(地図 ⓬)、です。ここも炭鉱でした。1879年(明治12年)、高島の開発から約10年遅れで、開発が始まりましたが、坑道内で水が多く漏れ出し、1893年(明治26年)に操業停止という、とても短命な炭鉱になりました。
マナブ:岩だらけの島で、今は何もないように見えますね。
歴史先生:軍艦島にたくさん人が住んでいたころ、この中ノ島には桜が植えられ、花見の場所になったとか。また、火葬場と墓地が造られて、軍艦島の人たちにはとても重要な場所になっていたそうです。なお、現在は立ち入りが禁止されています。
軍艦島が本物の軍艦のようにみえる角度があった

船の前方デッキ
マナブ:軍艦島に近づくと前方デッキが開放されました。スーパープレミアムの乗客がまず案内され、続い てプレミアムの乗客が案内されました。2階の席から階段で1階に降りて、船の前方へ回り込みます。(スタンダードの乗客は前方デッキへは行けません。)わぁ、ここは屋根がないので開放的!
歴史先生:同時に2階デッキ席も再び開放になりました。
マナブ:えーっと、前方デッキはたしかに開放的ではあるのですが、スーパープレミアムとプレミアムの乗客すべてが来てしまうとちょっと狭くなります。人が多いので、写真を撮るのにベストな位置に移動して、というわけにはいきません。
歴史先生:逆に今、2階デッキ席はがらがらです。自由に動けますよ。行ってみませんか?
マナブ:いいですね。そうしましょう。

2階デッキ席

北東側から見た軍艦島
歴史先生:船は北東側から島へ近づきます。左側にみえる高い建物は小中学校、その隣は病院です。

西側からみた軍艦島
マナブ:船は島の右側、すなわち西側へ回り込みました。
歴史先生:西側は上陸してからは見ることができず、船からしか見られません。このあたりには労働者の高層アパートが建ち並んでいます。
マナブ:あれ、船は島の西側を通り過ぎて、 船が島からどんどん離れていきます。
歴史先生:はい、なぜかというと、島が本物の軍艦のように見えるポイントに案内してくれるからなんです。さぁ、そのポイントに来ましたよ。

南西側から見ると軍艦土佐によく似ている
マナブ:わぁ、たしかにこれは軍艦と見間違えそう。
歴史先生:当時長崎の造船所で造られていた軍艦「土佐」のシルエットによく似ていた、というのが名前の由来のようです。
マナブ:ここでUターンして同じルートを戻ります。先ほどは左側に軍艦島が見えていましたが、ここからは右側に見えます。
歴史先生:スタンダードの席だと移動ができないので、左右どちらの席からも見えるように、という配慮ですね。
マナブ:そして今度は島の東側へ。船着き場が見えてきました。さぁ、いよいよ軍艦島(地図 ⓭)へ上陸です!
軍艦島へ上陸:世界遺産になっているのは実はとても意外なものだった

軍艦島見学ルートと見どころ
歴史先生:上陸に当たって、みどころをこの航空写真に中にまとめました。ここで簡単に軍艦島の歴史をまとめておきましょう。軍艦島、正式名端島(はしま)は1890年(明治23年)に三菱が買収して炭鉱を開発。1897年から周囲の埋め立てが始まり、1931年までに南北は元々の320mから480mへ、東西は元々の120mから160mへと拡張されました。
マナブ:元の島の倍以上の大きさになった、という感じでしょうか。
歴史先生:そうですね。そして1916年(大正5年)には日本初の鉄筋コンクリートの集合住宅、30号棟が完成。このころから人手不足を補うために朝鮮からの労働者が連れてこられ、第二次世界大戦中には中国人捕虜もここでの労働を強いられた、とされています。
マナブ:今もその補償、賠償が問題になっている件ですね。
歴史先生:はい、今もまだ引きずっている歴史、と言えるでしょう。そして戦後には高度経済成長があり、石炭の需要も増大。この島では良質の強粘炭が取れ、高島炭鉱と共に日本の復興を支えました。1960年には5,267人がここに住み、人口密度は世界一、東京23区の9倍にもなりました。
マナブ:この小さい島にそんなに人がいたら、息が詰まりそう・・・。
歴史先生:そうですよね。そのため、会社としてはいろんな娯楽を提供しました。島内には映画館、パチンコ屋、ビリヤード場などができ、運動会、文化祭、そして端島神社のお祭り、とたくさんの行事をおこなっていました。
マナブ:人々の生活はどうだったんでしょう?
歴史先生:炭鉱の仕事は危険と隣り合わせ。ということもあって、その月給は普通の仕事の数倍はあったようです。しかも島の中の設備は最先端。全国でテレビの普及率が10%しかなかった時代に軍艦島では100%の普及率でした。島内には「端島銀座」という商店街があり、生協をはじめとするお店や夜の遊び場まであったそうです。
マナブ:そのように栄えた島も閉山、になったんですよね。
歴史先生:はい、国のエネルギー政策の変更を受け、1974年(昭和49年)に閉山しました。

乗客を降ろすと船は一旦出航する
マナブ:さて、スーパープレミアムとプレミアムの乗客は先に下船します。上陸するとすぐに、第一見学広場、があります。

第一見学広場
歴史先生:ここでは小中学校、65号棟、ベルトコンベアなどを遠目に見学します。
マナブ:ここから先はプレミアムも一般席も違いなく、みんなでガイドさんについて回 ります。ガイドさんの話、とっても面白いです。

第二見学広場
マナブ:次は第二見学広場。
歴史先生:目の前にあるかつての事務所の跡は、実にみごとな(?)廃墟です。ところで、ここでは「天川(あまかわ)」が見学できます。
マナブ:あまかわ?

天川(世界遺産)
歴史先生:反対方向の護岸を見てください。とーっても地味なのですが、天川でできた護岸になっています。
マナブ:それって、何です?
歴史先生:天川とは石灰と赤土を混ぜた凝固剤。これで石を接着して護岸を作ることを天川工法と言いますが、軍艦島の世界遺産は、実は坑道の口と、この天川の護岸だったんです。
マナブ:えーっ。廃墟の建物ばかり見ていたんですが、それらは世界遺産ではなくて、実はこっちが世界遺産だったんですか。びっくり。いや、これみんな勘違いしてますよね、きっと。

第三見学広場から30号棟を見る
マナブ:防潮堤の脇を少し歩いて、第三見学広場に来ました。
歴史先生:ここでは主に30号棟アパートが近くから見られます。築100年を過ぎた鉄筋コンクリートの建物のため一部に崩壊が始まっていて、次回来たときはもう建ってないかも?ということでした。
マナブ:ここで解散。みんな自由に船に戻ります。
歴史先生:スタンダード席だったら、良い席を取るために急いで早めに船に戻った方がよさそうです。プレミアム以上の場合は指定席なので、ゆっくり島で過ごして出航時間ぎりぎりに戻れば大丈夫。
マナブ:ここでもプレミアムは価値がありますね。

桟橋
マナブ:行きの船はみんな写真を撮ったりしてデッキが混みますが 、帰りは室内席でゆっくりしたり、寝ている人も多いので、写真を撮るなら帰りの方がいいかもしれません。行きにうまく写真が撮れなくても帰りに撮れば大丈夫。行きも帰りも同じルートを通ります。
歴史先生:軍艦島、どうでした?
マナブ:他にはない唯一の場所、という気がしました。日本の発展を支えた石炭産業の最前線、そしてそこに暮らした人々の息遣いを感じることができてとても勉強になりました。
<見ておきたいドラマ>
海に眠るダイヤモンド

2024年に放送された東芝日曜劇場の名作。かつての軍艦島での人々の生活を生き生きと再現され、まるでその当時の軍艦島に迷い込んだような没入感がある。神木隆之介、宮本信子、池田エライザ、斎藤工ら豪華俳優陣に加えて、野木亜紀子の脚本は主人公たちの多くの謎と伏線回収が楽しい。DVD/Blue-Rayが発売されている。軍艦島を訪れる前に見ても、訪れた後に見ても、特別な思いで鑑賞できること間違いなし。

