登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
有田・伊万里とは全く違った位置づけで生き残った「波佐見焼」
窯元が並ぶ山間の集落:中尾山
陶磁器の街、波佐見の窯元ショップめぐり
なつかしさを感じる昔の工場跡:西の原
有田・伊万里とは全く違った位置づけで生き残った「波佐見焼」

波佐見焼

マナブ:今回は嬉野温泉から波佐見、有田、伊万里という陶磁器の街を巡ります。まずは嬉野温泉から峠を1つ越えて、波佐見町にやってきました。(地図 ❶)
歴史先生:「波佐見焼」で有名な町ですが、波佐見焼はご存じですか?
マナブ:はい、うちにもありますよ。赤・黄・青の原色で、シンプルでモダンなデザインのコーヒーカップ、愛用しています。
歴史先生:そうなんです。最近ではモダンなデザインが特徴的なカジュアルな食器で有名になり、売り上げを伸ばしているようですね。
マナブ:有田、伊万里は古くからの歴史がありそうですが、波佐見焼も昔からあったんでしょうか?
歴史先生:実はそうなんです。一言でいえば、「有田」は高級な陶磁器の産地。「伊万里」は有田焼 などの近隣の陶磁器を海外に輸出した港だったため、海外ではこれらをまとめて「IMARI」としてブランド化されました。そして「波佐見」は庶民用の安価なお椀や、輸出用の醤油や酒の瓶などで有名になりました。
マナブ:それぞれに位置付けが違うんですね。
歴史先生:ではまず初めに、波佐見町の歴史を勉強しに、「波佐見町歴史文化交流館」に行きましょう。


波佐見町歴史文化交流館
波佐見町歴史文化交流館(地図 ❶)
〒859-3702 長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷1010−1
入場無料、9:00~17:00(最終入場16:30)、火曜日休(祝日の場合は翌日休み)
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.town.hasami.lg.jp/rekibun/index.html
マナブ:波佐見町歴史文化 交流館に来ました。広い敷地で、幹線道路沿いに駐車場も十分あります。
歴史先生:ここは落ち着いた静かな建物で、波佐見町の歴史を無料で学べますよ。おしゃれなカフェも併設されています。

波佐見町歴史文化交流館の内部。展示が充実している。
歴史先生:ところでマナブさん、陶磁器と一言で言いますが、これは「陶器」と「磁器」を合わせたもの。「陶器」と「磁器」の違いってわかりますか?
マナブ:えっ? 考えたことありませんでした。
歴史先生:土器ってありますよね。土器は土をこねて低温で焼いたもの。かなりやわらかくて、吸水性もあります。
マナブ:うん、縄文式とか弥生式とか、それが原始的な器、ですよね。
歴史先生:そして次に登場したのが陶器。中くらいの温度で焼いたもので、厚めでやや柔らかく、若干の吸水性もあります。叩くと鈍い音がします。例えば萩焼のような素朴な風合いのあるやきもの、などはこれにあたります。
マナブ:なるほど。
歴史先生:そして磁器。高温で焼いたもので、薄くてとても堅い。吸水性はほとんどなく、叩くと高い音がします。現代の一般的なお茶碗などがこれですね。
マナブ:そうか。ということは、土器、陶器、と発展して、最後は磁器という当時の最新技術に発展したんですね。
歴史先生:そのとおり。その最新技術なんですが、ちょうど戦国の末期、秀吉の時代に日本に入ってきました。これはどのようにして入ってきたか、わかりますか?
マナブ:えーっと、どうやって入ってきたんだろう?
歴史先生:秀吉の晩年、朝鮮に出兵しましたよね? その時に各大名たちが朝鮮から技術者(陶工)たちを連れ帰ったんです。
マナブ:あっ、そうか。だから陶磁器の産地といえばこのあたりなんだ。
歴史先生:そうなんです。朝鮮出兵は名護屋城がその前線基地になっていて、伊万里、有田、波佐見などはそのすぐ近く。
マナブ:へぇー、朝鮮出兵と陶磁器がそんな関係だったなんて、知りませんでした。

発掘された初期の陶磁器
歴史先生:朝鮮出兵は2度ありました。文禄の役(1592年~1593年)と慶長の役(1597年~1598年)です。そこに出兵した大村藩の藩主、大村喜前が朝鮮人陶工を連れ帰り、波佐見にて登り窯を築き、やきもの作りが始まりました。
マナブ:ここ波佐 見は大村藩の領地なんですね。
歴史先生:はい、そうです。だからここにもキリシタンが多く住んでいました。そのため神社やお寺が焼き討ちされた、なんていう歴史も残っています。さて波佐見焼ですが、1600年の前半、陶器から磁器へと生産の主力が移り、さらに高級な青磁を生産するようになります。青磁といえば当時中国の主要な輸出品だったんですが、このころ中国では東北部から異民族の清が攻め下ってきて明を滅ぼし、大混乱がおきていた時代です。そのため中国からの青磁の輸出がほぼ止まり、その機会に日本製の青磁が東南アジアや欧州へ大量に輸出されるようになりました。
マナブ:そうか、中国の歴史とも深く絡んでいるんですね。
歴史先生:しかし1680年ごろに中国の動乱が一旦落ち着くと、中国からの青磁の輸出が再開します。となると、日本製の青磁は売り先を失ってしまいますね。
マナブ:はい。今度はまた違うマーケットを探さないといけませんね。
歴史先生:そこで波佐見の人たちは2つのマーケットに焦点を絞ります。
マナブ:それは?
歴史先生:1つは「くらわんか碗」。大坂、江戸といった大消費地にて、日用的に使われる廉価な食器として、波佐見で大量生産されました。1600年代前半に大規模な登り窯を作った波佐見の設備をうまく生かしています。有田のような高級ブランドになっていなかったことも幸いしたのでしょう。
マナブ:なるほど。そしてもう1つは?
歴史先生:もう1つは「コンプラ瓶」。日本からの輸出品であった酒、醤油をいれる瓶として大量に作られました。
マナブ:「コンプラ」? 現代ならば「コンプライアンス」の意味で使われますが・・・。
歴史先生:ポルトガル語の「コンプラドール」、これは「仲買人」という意味です。主に長崎の仲買人たちが日本の酒や醤油を買って輸出していた、ということからこの名前が付けられました。コンプラ瓶はその後、大正時代まで作られていたそうです。シンプルなデザインの美しさから、ロシアの文豪トルストイが一輪差しとして愛用していた、という話もあります。

コンプラ瓶
マナブ:くらわんか碗とコンプラ瓶。観賞用の高級品のイメージがある有田焼とは違って、実用的な日用品として波佐見焼は大量に生産・流通されていたんですね。
窯元が並ぶ山間の集落:中尾山

歴史先生:まずは波佐見焼の発祥の地の1つである中尾山へ行ってみましょう。(地図 ❷)波佐見町中心部から車で5分ほど、細い山道を通っていくと、深い谷の奥に中尾山の集落があります。

中尾山の街並み
マナブ:谷の奥深く、っていう感じの場所に突然集落があるんですね。集落に入ってすぐ、赤井倉というお店の駐車場に車を停めました。
歴史先生:赤井倉は伝統的な建物のお店で、おしゃれな器もたくさん売られています。

赤井倉の店舗
赤井倉
〒859-3712 長崎県東彼杵郡波佐見町中尾郷929
10:00~17:00、水曜休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://shop.okugawa-touki.jp/?mode=f1
歴史先生:近くにはこじんまりとしたギャラリーが点在。それらにふらりと立ち寄りつつ、のんびり歩くのも楽しいですよ。

ギャラリーの1つ、「くらふと龍」

中尾山の街並み
陶磁器の街、波佐見の窯元ショップめぐり

藍染窯が運営するカフェ&ショップ「No.1210」

マナブ:さて、中尾山地区をぶらぶらした後で、車で再び波佐見町へ戻ります。
歴史先生:波佐見町の大通りから中尾山方面への分かれ道の角に、有名な白山陶器の本社があります。ここのショールームには新製品などが並んでいますよ。そして、マナブさんが家庭で愛用している赤・黄・青のカップを作って いるのが藍染窯(あいぜんがま)。そこのショップ&カフェが白山陶器の近くにあります。
マナブ:あ、そこ行ってみましょう。
No.1210(地図 ❸
〒859-3702 長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷1210)
10:00~18:00、木曜休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://aizengama.com/partners/

No.1210の駐車場は白山陶器本社前の三叉路にある砂利のスペース。「No.1210 P」の看板が目印。
マナブ:あ、うちのカップ、ありました。さらに色違いも。それから新しくなったデザインの新商品もありますね。
歴史先生:塗りムラ、などがわずかに出ている「訳あり商品」も安く売られています。
マナブ:素人目には何の問題もない器です。せっかくここまで来たので、ちょっと買い足していこうかな。

No.1210の店内の様子(ショップ部分)
歴史先生:ここでは藍染窯のカップでコーヒーも飲めますよ。
マナブ:いいですね。ちょっと休憩していきましょう。

ケーキセット
マナブ:さて、おなかも落ち着いたところでもう1件、うちのスープカップのメーカーさんにも行ってみたいんです。「舘山堂」というところです。
歴史先生:そこなら車で2~3分ほどで着きますよ。ショップがあるので行ってみましょう。

舘山堂のショップ

舘山堂(地図 ❹)
〒859-3702 長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷893−2
9:00~17:00、土・日曜休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:うちのスープカップ、ありました。新作なのかな、少し違ったバリエーションのものもある。
歴史先生:波佐見焼はどんどん新作が登場しています。
マナブ:ここでも少し買い足していこっと。家族にいいお土産ができました。

波佐見やきもの公園
波佐見町やきもの公園(地図 ❺)
〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2255−2
無料、散策自由
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.town.hasami.lg.jp/kankou/meisho/1284.html
マナブ:今度は町の中心部にある「やきもの公園」に来ました。(地図 ❺)
歴史先生:ここには世界のやきものの窯の模型などが展示されていて、なかなか面白いですよ。そしてこの公園に併設されているのが「くらわん館」。波佐見焼の展示&販売の施設です。

くらわん館の入口
くらわん館
〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2255−2
9:00~17:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://kurawankashop.sakura.ne.jp/
歴史先生:ここ、くらわん館は波佐見町で一番の品ぞろえのショップ。1階の広いフロアいっぱいに、波佐見町の各窯元の商品がずらりと並んで、圧巻です。
マナブ:すごい。売り場がすごく広くって、器の数も膨大。とても見きれません。
歴史先生:そして2階は波佐見焼の歴史の資料館。こちらも見ごたえ十分です。
マナブ:展示スペースも広いですね。時間がいくらあっても足りませんね。

くらわん館の2階は波佐見焼の歴史の資料館になっている(写真はそのごく一部)
なつかしさを感じる昔の工場跡:西の原

西の原

マナブ:くらわん館から西方面に車で1~2分。「西の原」というところに来ました。(地図 ❻)
歴史先生:ここは「福幸製陶所」と言う陶磁器を作っていた工場跡なんです。それをリニューアルして、おしゃれな雑貨店やカフェになっています。
西の原(旧福幸製陶所)(地図 ❻)
〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2187−4
入場無料、営業時間・定休日は各店舗によって異なる
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:おー、ここは昔の工場の建物がそのまま残っていて、雰囲気がありますね。
歴史先生:敷地内を各ショップを見ながらそぞろ歩き、も楽しいものです。

雑貨店:モンネポルト

敷地内の坂道。左の水色の建物は雑貨店:南創庫

アイスクリーム店:氷窯アイス こめたま
マナブ:ところで、西の原の道路を挟んだお向かいに、なんだか立派な建物がありますね。
歴史先生:はい、あれは国の登録有形文化財になっている、波佐見町立中央小学校の講堂です。

波佐見町立中央小学校 講堂
波佐見町立中央小学校 講堂
〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2200
12:00~16:00、水曜休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
http://hasami-kankou.jp/archives/1215
歴史先生:ここは開館時間が短い(12~16時まで)ので要注意です。1937年(昭和12年)の建築で、和 洋折衷の外観が素敵ですね。さぁ、中も見てみましょう。

波佐見町立中央小学校 講堂の内部
マナブ:わぁ、小学校の講堂、というよりも、どこかの大聖堂に入ってきたような荘厳な雰囲気です。なんだか圧倒される感じ。
歴史先生:天井が高いですよね。そしてここは音響もとてもいい、ということで、コンサートには最適な空間なんです。
マナブ:こんなすごいものが建つなんて、波佐見の町が当時それだけ豊かだった、ということなんでしょうね。陶磁器の町がどれだけ栄えていたのか、これでわかった気がしました。
歴史先生:最後にもう1件だけ陶器店に行ってみましょう。

Oyane

Oyane(地図 ❼)
〒859-3701 長崎県東彼杵郡波佐見町折敷瀬郷2204−4
9:00~18:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:西の原からさらに西方向へ車で5分ほど、Oyaneというところへ来ました。(地図 ❼)
歴史先生:ここは波佐見焼大手の1つ、西海陶器が運営するショップ&イベントスペース。半地下になっているところにはたくさんの商品が並んでいて、波佐見町ではくらわん館に次ぐ品揃え、と言えるでしょう。

広いスペースにたくさんの商品が並ぶ
マナブ:店の前にあるトイレ、びっくりしました。
歴史先生:え、どうしてですか?
マナブ:これ、見てください。

Oyaneの男子トイレ
歴史先生:あはは、これはすごい。(笑)
マナブ:さすが波佐見町! という感じですね。

