登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
約90年間にわたり南蛮貿易で栄えた平戸
肥前北部を支配した海の戦士たち:松浦党と松浦氏
平戸のおすすめカフェ
手作り感あふれるおしゃれな隠れ家:「マメルクコーヒー」
海の戦士で知られた松浦も今は「アジフライの聖地」?
松浦のおすすめレストラン
店主自ら一本釣りしたプレミアムなアジフライ:「きらく」
約90年間にわたり南蛮貿易で栄えた平戸

平戸大橋


マナブ:もうすぐ平戸です。これから平戸大橋を渡って、平戸島へ入ります。(地図 ❶)
歴史先生:平戸大橋を渡ったところに平戸公園があって、そこから橋を見ることができますので、渡ったらすぐ左折して立ち寄りましょう。
マナブ:公園からは橋がよく見えます。
歴史先生:全長665m、1977年(昭和52年)に開通しました。
マナブ:たしか西海橋は1950年に開通、だったから、それよりもずいぶん後になったんですね。
歴史先生:そうですね。それまでは田平から船で渡っていたので、それである程度は需要をまかなえていた、ということでしょう。

平戸交流広場駐車場

マナブ:さて、平戸大橋から5分ほどで、平戸の街中に着きました。平戸港に隣接する平戸交流広場駐車場に車を停めます。(地図 ❷)
歴史先生:まずはここを拠点に歩いて観光しましょう。港のターミナルに観光案内所もありますから、パンフレットや地図などをもらっていくのもいいですね。

歴史の道
歴史先生:まずは駐車場から「歴史の道」を通ります。ここには平戸にいた著名な人たちの銅像が立っています。この写真はフランシスコ・ザビエルですね。
マナブ:思い出しました。横瀬浦に行ったときに少し話していただきましたね。
歴史先生:はい。平戸では領主の松浦隆信が1550年にザビエルを鹿児島から迎え入れて、ここ平戸での布教を許可します。また同じころ、ポルトガル船が平戸に来航するようになり、その貿易を許したことで、平戸は日本の玄関口、国際貿易港として急速な発展をとげるんです。
マナブ:でもたしか事件がおきて、ポルトガル人たちは追われて・・・
歴史先生:そうです。1561年に起きた宮の前事件。絹製品の取引のもめごとから日本の商人とポルトガルの商人たちが乱闘となり、そこに武士が加わり、ポルトガル人は武装して抵抗。その結果、ポルトガル人船長ら14名が殺害されました。
マナブ:もうそうなるとポルトガル人は平戸で商売できない。
歴史先生:そこで大村純忠が新しく横瀬浦の港を開いて、ポルトガル人たちを呼んだんです。
マナブ:となると、平戸はどうなったんですか?
歴史先生:その後、地理的に恵まれている平戸にはスペイン、オランダ、イギリスといった各国の船も来航するようになりました。平戸は南蛮貿易の基地として大変な繁栄をするのですが、1637年には江戸幕府が通商相手をオランダに限定します。
マナブ:そして鎖国体制になるんですね。
歴史先生:そうです。1641年にはオランダ商館を長崎出島に移し、平戸の貿易港としての歴史は約90年ほどで幕を閉じました。
マナブ:なるほど。割と短い期間の繁栄だったんですね。
歴史先生:ではオランダとの貿易の拠点となった、オランダ商館へ行ってみましょう。

オランダ商館通りの古い街並み
歴史先生:街のメインストリートはオランダ商館通りと呼ばれています。
マナブ:ここは古い街並みが残っていますね。とても風情のある通りです。

オランダ塀
歴史先生:オランダ商館のすぐ手前、石造りの塀が残っています。これがオランダ塀と呼ばれているもので、オランダ商館の敷地の境にあった壁が今も現存しています。
マナブ:さて、立派な倉庫みたいな建物が見えてきました。

海沿いに建つ平戸オランダ商館

平戸オランダ商館の正面

平戸オランダ商館 (地図 ❸)
〒859-5102 長崎県平戸市大久保町2477
入場310円(団体、小中学生割引あり)
※松浦史料博物館との共通入館券880円
8:30~17:30、6月の第3火・水・木休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
歴史先生:はい、これがオランダ商館です。1609年にオランダ船が初めて平戸に来航し、ウイリアム・アダムス(三浦按針)や松浦隆信の協力の元、江戸に行って徳川家康に謁見します。これによって幕府から貿易を許されたオランダがここに貿易の拠点としてオランダ商館を建設しました。建物は1609年から1639年にかけて、順次増築されています。
マナブ:今残っているのは・・・
歴史先生:今あるのは1639年に建てられ、敷地内で最大だった倉庫を復元したものです。 当時の技術を使ってできるだけ当時の姿のままを復元しています。
マナブ:頑丈な作りに見えますが、オリジナルの建物は残っていないんですね。
歴史先生:実は、すべて壊されたんです。というのも、1637年に島原・天草一揆が起き、西洋との交易が大幅にストップすることになります。これを受けて1640年にオランダ商館は取り壊されてしまいました。この最大の倉庫はわずか1年の命だったのです。
マナブ:それで今は残っていないんだ・・・。そして彼らは1641年に出島に移された・・・。
歴史先生:では、復元した倉庫の中に入ってみましょう。中は博物館になっています。

ポルトガル船の模型

オランダ船の来航の絵

平戸での南蛮貿易に関する資料が多数展示されている
肥前北部を支配した海の戦士たち:松浦党と松浦氏

松浦史料博物館の案内図

松浦史料博物館(地図 ❹)
〒859-5152 長崎県平戸市鏡川町12
入場660円(団体、小中学生割引あり)
※オランダ商館との共通入館券880円
8:30~17:30、年末年始休み
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:歴史の道まで戻って、突き当りの石段を上がったところが松浦史料博物館です。(地図 ❹)
歴史先生:この建物は1893年(明治26年)に建てられた松浦家の私邸でした。展示品も見ごたえがありますが、建物自体も大変貴重なものです。

松浦史料博物館のメインの展示会場となっている千歳閣

千歳閣の内部の様子
歴史先生:ここで松浦党、松浦氏についてちょっと語っておきましょう。ところで「松浦」と書いて「まつら」と読みます。
マナブ:あ、魏志倭人伝の「末蘆国」(まつろこく)、を思い出しました。あれは松浦のこと、でしたよね。
歴史先生:そうです。その末蘆国に住んでいたのが「松浦党」と呼ばれる人たち。今の唐津から呼子、伊万里、そして平戸にかけて、佐賀県・長崎県の北部海岸一帯に多数の部族に分かれて住んでいました。
マナブ:広範囲ですね。
歴史先生:彼らの特長は船を扱う技術。海の戦士として知られ、平安時代末期には壇ノ浦 の戦いで平家方について戦ったり、鎌倉時代には元寇において激しい抵抗戦を繰り広げました。
マナブ:その松浦党と、これまで何度も話に出てきた松浦隆信はどういう関係なんですか?
歴史先生:松浦隆信は、松浦党の一氏族でしたが、南蛮貿易で力をつけ、やがては戦国大名としてのし上がってきた人です。その子の松浦鎮信(まつら しげのぶ)は平戸藩の初代藩主です。文禄・慶長の役に参加して朝鮮で優れた軍功をあげるなどして注目されました。
マナブ:なるほど、いくつかある松浦党の中で力をつけて戦国大名になったのが松浦氏。
歴史先生:そうです。ところで、宮の前事件の後、ポルトガル人がいなくなった平戸は活気を失いますが、そこでオランダに目をつけて交渉し、平戸へ招致したのが松浦鎮信です。その後イギリスの東インド会社も寄港するようになり、平戸は賑わいを取り戻したんだそうです。武将としての強さだけでなく、経済を見る戦略眼も確かなお殿様でした。また、関ケ原の戦いでは東軍側につき、本領安堵をされています。

松浦史料博物館から見下ろす平戸の街並み
マナブ:さて、再び車に乗って、平戸ザビエル記念教会に行きます。(地図 ❺)
歴史先生:平戸交流広場駐車場の方向から行く場合、平戸ザビエル記念教会の少し手前の右側に広い駐車場がありますので、車はそこへ停められますよ。

エメラルドグリーンの美しい平戸ザビエル記念教会

平戸ザビエル記念教会(地図 ❺)
〒859-5152 長崎県平戸市鏡川町259−1
入場無料
6:00~17:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/359
マナブ:わぁ、これは・・・。
歴史先生:エメラルドグリーンの美しい教会です。
マナブ:感動的ですね。
歴史先生:この教会は1931年(昭和6年)に建てられたものです。平戸の町には江戸時代には潜伏キリシタンの人たちはあまりいなかったのですが、明治以降、生月島など多くの信者が潜伏していた地域から平戸に人が集まるようになり、ここに聖堂を建てようという機運が高まっていました。
マナブ:名前はなぜザビエル?
歴史先生:教会の名前を決めるにあたり、平戸での布教に努めた聖人としてフランシスコ・ザビエルの名前を冠したようです。
平戸のおすすめカフェ
手作り感あふれるおしゃれな隠れ家:「マメルクコーヒー」

住宅街の路地を入ったところにある
マメルクコーヒー
〒859-5152 長崎県平戸市鏡川町308
9:30~19:00 (日曜日のみ8:00~17:00)、火曜休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
実際に行ってみた

落ち着いた店内には観葉植物がたくさん。
平戸ザビエル記念教会を過ぎてすぐに左折。その後右側の住宅に入る私道のようなところに恐る恐る入っていくと、お店を発見。オーナーさんご自身で建てた手作り感ある外観に、内部は観葉植物や本であふれる落ち着いた空間に仕上がっている。美味しいコーヒーやマフィン、ケーキなどで素敵な時間が過ごせそう。
海の戦士で知られた松浦も今は「アジフライの聖地」?

アジフライのモニュメント (道の駅 松浦 海のふるさと館)

歴史先生:ところで、松浦の名物といえば?
マナブ:知ってますよ。アジフライ!
歴史先生:そうなんです。最近、松浦市が町おこしとして「アジフライの聖地」というプロモーションをおこなっています。呼子はイカで有名になりましたが、この松浦はアジフライで有名になりつつありますね。
マナブ:早速食べに行きましょう!
松浦のおすすめレストラン
店主自ら一本釣りしたプレミアムなアジフライ:「きらく」

国道204号沿い、今福交差点近くにあるロードサイド店
きらく
〒859-4522 長崎県松浦市今福町東免1−11
11:00~15:00 (土日は16:00まで)、月火曜休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.kirakuimafuku.com/
昭和45年創業と歴史の古い、地元で愛される名店。店前の看板には「焼肉」「ちゃんぽん」と書かれているが、何といってもここのアジフライは特別で、全国からそれを目当てにお客様が来るというお店だ。ここではお店のある今福の沖合に居ついているアジを店主自ら毎朝一本釣りし、その超新鮮なアジをフライにしてくれる。せっかくアジフライの聖地・松浦に来たなら、他 では食べられない、特別なアジフライを味わいたい。
なお、「せっかくなら自分で一本釣りしてみたい」という夢もここなら叶う。3月~11月の店休日(月・火曜)に一本釣りの船に乗せてもらい、自分でアジを釣り、お店に戻ってそれを調理してもらえるという贅沢なコースも提供している。
実際に行ってみた
松浦市中心部から車で5分ほど東へ行ったところにお店はある。駐車場はお店の前の数台分と隣の空き地を含めて25台分あり、満車になることはなさそう。店内はテーブル席、座敷席とあるが、人気店のため曜日や時間によっては待つこともありそうだ。この日は平日11:30ごろに入店。ぎりぎりで最後のお席に座ることができた。

2種類のアジフライ定食
アジフライ定食には2種類あって、1,420円のものと880円のものがある。店主が一本釣りしたアジは1,420円のほう。せっかくなのでこちらをオーダーして楽しみに待つ。

その他のランチメニュー。地元の人はこっちを頼んでいた。

さて、お目当てのアジフライ定食。この日は不漁のため残念ながら刺身の提供はなかったが、アジフライがあれば大満足、としたい。フライは身がキュッとしまっていて、それでいて独特のふわっと感がたまらない。ほかでは味わえない、ここだけのオンリーワンのアジフライだ。

このお店で人気なのがちゃんぽん。こちらも頼んでみた。だしのきいたスープ、バランスの良い具、おいしい麺、とこれまた言うことなし。地元の人に人気なのもうなづける。

