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長崎市_2.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。

稲佐山、じゃない方。もう一つの絶景展望台とは?

ブラタモリに登場した道路の謎の膨らみ:「石橋」

ここは中国? 日本で唯一の本格的中国様式の霊廟「長崎孔子廟」

有名な「オランダ坂」には何がある?

ブラタモリも訪れた「ドンドン坂」

南山手・東山手のおすすめレストラン ちゃんぽん・皿うどんはここで生まれた。「四海樓(しかいろう)」


稲佐山、じゃない方。もう一つの絶景展望台とは?


 

グラバー園の裏口を出たところ

 

グラバー園の裏口を出たところにある鍋冠山展望台の標識 (上の写真の黄色い丸で囲ったところ)

 

マナブ:一番上に戻り、さっき入った入口から外へ出ました。ここからどっちへ行きます?


歴史先生:そこに小さく「←鍋冠山展望台 400m」という看板がありますね。その山に登ってみませんか?


マナブ:400mだったらすぐ、ですね。うん、行ってみましょう!


歴史先生:えーっと、実はあんまり「すぐ」でもないかもしれません・・・。でも行く価値はあると思います。



鍋冠山展望台へ続く細道


マナブ:細い路地歩きも長崎らしくって楽しいです。


歴史先生:正面に見えているのが鍋冠山、です。あそこまで登ります。


鍋冠山展望台へ続く山道


マナブ:えっ、この道、ほんとに合ってる? 大丈夫?


鍋冠山展望台へ続く山道


マナブ:ふうー。さっきから階段が続きますね。まだ続きますか?


歴史先生:はい、まだまだ階段が続きますが、頑張っていきましょう。


鍋冠山展望台へ続く山道


マナブ:うー、あと100mかぁ~ (荒い息)。


鍋冠山展望台前の看板


マナブ:やっとつきました~。最後の階段、きつかったぁ~。


歴史先生:ごめんなさい、結構ハードな道のりでしたね。さぁ、展望台に上ってみましょう。(地図 ❽)


鍋冠山公園(地図 ❽)

〒850-0924 長崎県長崎市出雲2丁目144−1

・入場自由

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.city.nagasaki.lg.jp/sumai/630000/632000/p010334.html


鍋冠山展望台から見た長崎港

 

マナブ:わぁ、これはすごい!


歴史先生:真下に見えるのがグラバー園。そこから長崎駅方面、稲佐山まできれいに見えていますね。


鍋冠山展望台から見た女神大橋


歴史先生:そして南西側を見ると、女神大橋が近くに見えます。その先の香焼(こうやぎ)の造船所や伊王島大橋も見えています。


マナブ:いや~、これは絶景です、言葉が出ません・・・・。


ブラタモリに登場した道路の謎の膨らみ:「石橋」


鍋冠山展望台から下りる途中の景色


歴史先生:では山を下りていきましょう。


マナブ:山を下りる方は少し楽です。登るときには気づかなかったのですが、この道、眺めが抜群だったんですね。



歴史先生:「垂直エレベーター」を降りました。さぁ、次は珍しい「斜行エレベーター」、です。


マナブ:お、これは楽しい乗り物ですね。エレベーターなのに前(下?)が見える! 丸窓から外も見える。一気に地上まで下りるんだ。すごいな。


斜行エレベーター乗り場


斜行エレベーターに乗ると下(前)が見える


斜行エレベーター全景


歴史先生:斜行エレベーター(グラバースカイロード)を下りました。


マナブ:こうやって下から見ると、すごい高低差をカバーしてくれているんですね。


歴史先生:さて、すぐそばに「石橋」の電停があるのですが、ここ、ブラタモリに登場したポイントなんです。(地図 ❾)


マナブ:何でしょう? 特に変わったことのない道に見えますが。


石橋の交差点


歴史先生:ここ、道路が膨らんでるの、わかりますか?


マナブ:あ、たしかにそうですね。


歴史先生:で、横断歩道の所に傾いた電柱と石碑が立っています。この通りは暗渠(あんきょ)になっていて、下には川が流れています。


マナブ:暗渠っていうのは、川にフタをして、その上を道路とか遊歩道とかにしてあるところのことですよね?


歴史先生:そうです、そうです。そしてこの川には古い石橋がかかっていました。電停の「石橋」という名前はそこから来ています。そして暗渠にするにあたり、その石橋をそのまま壊さずに、埋めてしまったんです。


マナブ:おお、この膨らみの下には石橋が眠っているんですね。


歴史先生:そうなんです。だからこの通りは大型車通行禁止、になっています。ブラタモリではタモリさんたりがこの下にもぐって石橋の痕跡を見ていました。


マナブ:へぇー。知らないとそのまま通り過ぎてしまいますね。


ここは中国? 日本で唯一の本格的中国様式の霊廟「長崎孔子廟」


孔子廟 儀門の前にて



長崎孔子廟(地図 ❿)

〒850-0918 長崎県長崎市大浦町10−36

・入園 660円 (中高生、団体割引等あり)

・営業時間9:30~18:00(最終入場17:30) 無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://nagasaki-koushibyou.com/


マナブ:孔子廟にやってきました。(地図 ❿)


歴史先生:マナブさん、「孔子廟」ってなんだかご存じですか?


マナブ:えーっと、孔子を祀(まつ)ったお堂、ですよね?


歴史先生:はい、そうですね。孔子っていつの時代の人ですか?


マナブ:ずーっと昔、かなり古い時代かと思いますが。


歴史先生:はい、中国の春秋時代の人ですから、日本でいうと縄文時代から弥生時代に変わっていくころのお話です。紀元前552年(または551年)の生まれ、と言われています。


マナブ:邪馬台国より前、ですね?


歴史先生:はい、邪馬台国が書かれている魏志倭人伝は西暦280年~297年ごろにできたと言われていますから、それよりもさらに700~800年も前の人、ということになるわけです。


マナブ:そんな古い時代の書物や考え方が残っているなんて、すごい。


歴史先生:孔子と言えば「論語」、それから「儒教」。


マナブ:儒教って、韓国とか日本とかに根強く残っている考え方、ですよね?


歴史先生:はい、まさにそのとおり。単に昔の書物が残っているだけではなくて、現代に生きる私たちの価値観にも大きな影響を与えています。儒教的な考え方としては、忠(主従関係)や孝(親子関係)で上の人を敬う思想、など今でも根強いですね。儒教という名前から宗教として認識されることもありますが、哲学・思想に近い、といえるかもしれません。


マナブ:なるほど、哲学・思想かぁ。


歴史先生:江戸時代には朱子学とか陽明学とかいった、儒教を後世になって学問体系として整理した考え方が盛んになり、多くの学者が出ました。長崎でもそれは盛んで、1647年、江戸時代の初期に向井玄升(むかい げんしょう)という、お医者さんであり儒学にも傾倒した方が孔子廟を長崎の中心部に建てました。


マナブ:その孔子廟はまだ残っているんですか?


歴史先生:いいえ。その孔子廟はのちになって今のこの地に移転したんです。今の孔子廟の建物は1893年(明治26年)、明治の半ばに清国政府と在日華僑の協力によって建てられたものです。


マナブ:明治中頃ですか。それでも十分古い。


歴史先生:ところで、江戸のど真ん中にも孔子様を祀った孔子廟があったの、ご存じですか?


マナブ: いえ、知りません。


歴史先生:今でも東京の都心部にあります。


マナブ:え? どこでしょう?


歴史先生:ヒント。「ゆ」


マナブ:「ゆ???」


歴史先生:「ゆ・・・し・・・」


マナブ:「ゆ・・・し・・・湯島天神!」


歴史先生:それは菅原道真の方ですね(笑)。


マナブ:あ、そうか(笑)。


歴史先生:「湯島聖堂」って聞いたことありません?


マナブ:あ、あります、あります。


歴史先生:御茶ノ水駅をおりて神田川を渡ってすぐ、のところです。「昌平坂学問所」に併設して建てられました。今度行ってみましょうね。


マナブ:はい、ぜひぜひ。ところで、ここの孔子廟、まるで中国にいるみたいですね。


孔子廟 儀門


歴史先生:そうですね。本格的な中国様式で建てられています。入り口を入ってすぐの「儀門(ぎもん)」。ここは装飾が見事でしょ? 本来、その中央は神と皇帝だけしか通れない、のですが、今日は開いていましたね。


マナブ:そうなんですか。今日は皇帝気分で見学しましょう。


孔子廟 大成殿


歴史先生:そして真ん中にどんと位置するのが「大成殿(たいせいでん)」。孔子を祀った、お寺の本堂、になります。


マナブ:こちらも立派ですね・・・。


歴史先生:大成殿の後ろには中国歴代博物館、があります。いろいろな企画展示がされていて、中国のお宝で展示されていますので、じっくり見ていきましょう。そしてもし、幸運にも「変面ショー」の開催日と重なったらぜひ見ていってください。中国の国家機密とまで言われる不思議な「変面」は一見の価値あり、です。


© Nagasaki Prefecture Tourism Association

孔子廟 大成殿前で行われる変面ショー


孔子廟前の看板に出ているフランスホテルの古写真


歴史先生:孔子廟の外に出ました。前にある看板、見てみましょう。


マナブ:フランスホテル?


歴史先生:この地区(大浦海岸)には、明治時代、外国人向けの高級ホテルが立ち並んでいたんです。この看板にある写真は、孔子廟の門のすぐ左にあった「フランスホテル」。他にも「ナガサキホテル」とか、「ジャパンホテル」といった高級ホテルがありました。


マナブ:ここは長崎の中でも高級ホテルが立ち並ぶ一等地、だったんですね。


有名な「オランダ坂」には何がある?


石橋電停近くにあるオランダ坂の入口



歴史先生:さて、「オランダ坂」の南側の入口に来ました。(地図 ⓫)


マナブ:オランダ坂、はとても有名ですね。


歴史先生:あまりにも有名で、しかもネーミングがカッコいいので、口の悪い人は「日本三大がっかり観光地」、なんてのに入れたりしています・・・。でも、私はここ、好きですよ。早速行ってみましょう。


マナブ:ここにはオランダの何かがあるんですか?


歴史先生:いいえ、そうではないんです。鎖国当時、長崎はオランダと中国だけに開かれていましたよね?


マナブ:はい。


歴史先生:そのため、長崎では西洋人のことを「オランダさん」と呼んでいたんです。開港になって、イギリス、フランスなどの人も増えましたが、その人たちもみんな「オランダさん」と呼ばれていました。ここ、東山手は外国人居留地であり、西洋人が多く住んでいましたので、この坂は「オランダさんがよく通る坂」ということで、この名前になったようです。


 

東山手洋風住宅群


東山手洋風住宅群(地図 ⓬)

〒850-0911 長崎県長崎市東山手町6−25

入場自由

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/86


マナブ:おっと、早速古い洋館ですね。


歴史先生:「東山手洋風住宅群」(地図 ⓬)、です。狭い敷地の中、下の段に4軒、上の段に3軒、合計7軒が密集して建てられています。明治の中頃、1890年代に建てられたもののようですが、だれが何の目的で建てたものか、よくわからないんです。


マナブ: どれもよく似ていて、今の建売住宅みたい。


歴史先生:はい、恐らくは社宅、または賃貸住宅だったのでは、と推測されています。


マナブ:今は「古写真・埋蔵資料館」になってるんですね。それからカフェもありますね。


歴史先生:明治中期の洋風住宅が、こんなにまとまって残っているのは、全国でもここだけ、という貴重な場所なんですよ。


 

東山手洋風住宅群裏のオランダ坂


東山手洋風住宅群裏のオランダ坂から見た南山手


マナブ:東山手洋風住宅群を出て、オランダ坂を登っています。


歴史先生:ここで振り返ると、南山手が良く見えますよ。


マナブ:あ、ほんとだ。左から鍋冠山、その下にグラバースカイロードと垂直エレベーター、そして右にグラバー園が見えてる・・・。


東山手十二番館(国指定重要文化財)



歴史先生:次の洋館は「東山手十二番館」 (地図 ⓭)。国指定重要文化財です。


マナブ:クリーム色のオシャレなデザイン。ベランダが気持ちよさそう。


歴史先生:1868年(明治元年)に建てられた古い建物です。ロシアやアメリカの領事館、宣教師の住宅、などとして使われていました。


マナブ:ベランダの前に並んでいるのは、桜の木ですね。桜の季節にまた来てみたいです。


東山手甲十三番館


歴史先生:すぐ隣にある次の洋館は「東山手甲十三番館」。


マナブ:こちらはブルーの外壁がきれい。


歴史先生:明治中期に建てられたもので、今ではカフェとして利用されています。


マナブ:レトロな空間でゆっくりお茶する、なんていうのもいいですね。


ブラタモリも訪れたドンドン坂


リンガー通り



マナブ:グラバー園の上の入口から、今度は西側へ歩いてみます。


歴史先生:ここはリンガー通り、と呼ばれています。


リンガー通りからグラバー通りへ下りる坂道


マナブ:この坂、素敵ですね。港が見えるし。(地図 ⓮)


歴史先生:はい、リンガー通りから、グラバー通りへとつながる坂道です。


 

グラバー通りにある古い洋館(杠葉本館(ゆずりはほんかん))


歴史先生:グラバー通りに下りてきました。このあたりの地区全体が「重要伝統的建造物群保存地区」となっていて、グラバー園の外にも古い洋館がたくさん残っています。


マナブ:この洋館もすてきですね。


歴史先生:これは杠葉本館(ゆずりはほんかん)。明治中期に建てられたもので、当初米国領事館として使われていました。その後大正から杠葉さんが買い取って自宅兼病院にしていたようです。


マナブ:うん、歩いているだけでも楽しいエリアだ。


グラバー通り


歴史先生:ここにちょっと面白いものが。これ、みてください。


マナブ:ん? ねこの足あと?


歴史先生:そうみたいです(笑)。たぶん舗装が乾く前にねこが歩いたんでしょうね。このあたりも猫をたくさん見かけます。


グラバー通りにあるねこの足あと



歴史先生:さて、「ドンドン坂」にやって来ました。(地図 ⓯)ここ、ブラタモリにも出ていました。


マナブ:ブラタモリではここの何が面白い、と言っていましたか?


歴史先生:ここは雨が降ると、どんどん水が流れていくので、ドンドン坂、と言われるようになったらしいです。そこで、坂の脇に排水溝を設けているのですが、上からU字、中盤はV字、下の方は矩形になっていて、水の速さをうまく調整してスムーズな排水ができています。


マナブ:へえ~、すごい知恵と工夫、なんですね。


ドンドン坂


歴史先生:ではグラバー通りを歩いて、大浦海岸まで戻りましょう。途中、対岸の造船所が良く見えます。


 

グラバー通りから見える造船所

 

歴史先生:グラバー坂を下りて、大浦海岸まで来ました。(地図 ⓰)この立派な建物は「旧香港上海銀行 長崎支店」です。1階は旧香港上海銀行の展示がされていて無料で入館できます。2階、3階は孫文と、それを支えた長崎出身の梅屋庄吉の交流、そして南山手・東山手の文化などが展示されている博物館になっています。



 

旧香港上海銀行 長崎支店


旧香港上海銀行 長崎支店

〒850-0921 長崎県長崎市松が枝町4−27

・入館300円 (小中生、団体割引等あり)。1階のみの入館は無料。

・営業時間9:00~17:00(最終入場16:40) 毎月第三月曜日休(祝日の場合は翌日)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.nmhc.jp/museum_hsb/


歴史先生:ここに来たら、前にある看板をぜひみてください。


旧香港上海銀行 長崎支店前の看板にある古写真


マナブ:昔の写真がありますね。真ん中は旧香港上海銀行 長崎支店、ですね。今のまんま、です。


歴史先生:はい、そして右手奥は「ナガサキホテル」。


マナブ:あ、さっき孔子廟の前でフランスホテルの古い写真があったときに話に出てきました。


歴史先生:そうです。外国人向けの高級ホテルで、ベランダ付き、ビリヤード台や電話まであったそうです。左手前はウォーカー商会のオフィス。


マナブ:大浦海岸・・・・・ここはかつては長崎の一等地、だったんですね。


歴史先生:南山手・東山手、どうでした?


マナブ:大浦天主堂にグラバー園。さすがの有名観光地でみどころいっぱいでしたが、先生の解説を聞きながらだとさらに興味深かったです。それからいろんな路地を巡る散歩。長崎らしくて楽しかったです。


歴史先生:それはよかった。


マナブ:鍋冠山、きつかったー(笑)。でも頂上からの絶景、頑張った甲斐がありました。


南山手・東山手のおすすめレストラン

ちゃんぽん・皿うどんはここで生まれた。「四海樓(しかいろう)」



四海樓 (地図 ⓱)

〒850-0921 長崎県長崎市松が枝町4−5

11:30~15:00(最終入店14:30) | 17:00~20:00(最終入店19:30) 、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://shikairou.com/


長崎のグルメと言えば、何といっても「ちゃんぽん」と「皿うどん」。その両方ともが、このお店から生まれた。長崎に行くならここはやっぱりはずせない。



創業は明治の中頃


1893年(明治25年)に福建省から来日した19歳の陳 平順という青年がいた。その直後、1895~1896年には日清戦争があり、中国人への風当たりが強い時代である。中国人ができる仕事はいわゆる「三刀の仕事」、すなわち料理・散髪・仕立屋くらいしかなかった。陳 平順は料理人として真面目に働き、1890年に今の唐人屋敷の入口付近に「四海樓」を創業した。


ちゃんぽん・皿うどんの誕生


世話好きだった陳 平順は、中国からやってくる若い留学生たちの貧しい食生活を見て、何とかしてやろうと思って作ったのが「ちゃんぽん」。皿うどんは、陳 平順がちゃんぽんのバリエーションとして作ったもので、一説には当時日本にもたらされたソースの味を生かしたメニューとして考案されたとも言われる。(今でも長崎では皿うどんにウスターソースをかけて食べることが多い。)


なぜ「ちゃんぽん」という名前になったのか?


陳 平順がちゃんぽんを作り始めた当時はちゃんぽんという名前はなく、「支那饂飩(しなうどん)」と言われていた。それがなぜちゃんぽんになったのか。名前の由来には諸説あるが、これは福建省のあいさつで「ごはん食べましたか?」というような意味の「吃飯(しゃぽん)」がなまったという説。あるいは日本語の鉦(かね)の「ちゃん」、鼓(つづみ)の「ぽん」をつなげて、異質のものを混同するという造語から、という説もある。


実際に行ってみよう


四海樓は5階建ての大きなビルだ。レストランは5階。正面の階段を上って2階から入る。階段に「満席」と看板が出ているかもしれないが、とりあえず5階まで登ってみよう。


取材したのは平日の13時過ぎ。エレベーターを降りてすぐのところで名前を書いておく。先に5組ほどのお客様が待たれていて、席に案内されるまでは10分ほど待った。


メニューはちゃんぽんと皿うどんが中心。皿うどんには2種類あって、「太麺」と「細麵」がある。細麺は私たちが良く知っている、揚げたカリカリの麺にあんがかかっているもの。太麺はやわらかい麺で、汁なしのちゃんぽん、といった感じ。


どれも食べたくて迷ってしまうが、今日はちゃんぽんを頼むことにした。また、サイドメニューとして長崎のローカルフードの一つ、「ハトシ」を頼んでみた。



四海樓のちゃんぽんの特長は錦糸玉子。鶏ガラと豚骨のブレンドスープ。太めの麵、9種類の具。全体のバランスの良い、さすがの完成度に大満足。


ハトシとは食パンに海老やすり身を入れて揚げた長崎のローカルフード。しっとりした皮の厚い春巻きのような感じ。ちゃんぽんともよく合う名サイドメニューだ。


窓から見える長崎港の眺めが素晴らしい。リーズナブルな価格でありながら、味・雰囲気・サービス、そして眺望、とすべてが揃った名店と言えるだろう。


食べた後は2階のちゃんぽんミュージアムへ



ビルの2階には「ちゃんぽんミュージアム」がある。四海樓の歴史、ちゃんぽんと皿うどんの歴史など、興味深い。食べた後に復習としてぜひ立ち寄りたい。

​歴史好きのための観光ガイド
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