登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
歴史の教科書に何度も登場する「長崎」
(1)有名観光地トップ6選
(2)行くのに時間がかかるが満足度の高い観光地4選
(3)歴史好きにおススメしたい主な史跡7選
長崎の街はこうなっている
「長崎」の名前の由来は?
【旅のメモ ①】東京から長崎までのフライトは左側の席がおススメ
【旅のメモ ②】長崎市内での移動は路面電車が楽しい!
【旅のメモ ③】ホテル選び:長崎駅前、市内中心部、山の上。どこがいいの? おススメのホテルは?
【旅のメモ ④】旅の前の予習に「東京日本橋 長崎館」
歴史の教科書に何度も登場する「長崎」
マナブ:今日は長崎に来ています。長崎、私は初めてで、とても楽しみです。いっぱい歴史の話がありそうですね。
歴史先生:はい、長崎って歴史の教科書にも何度も登場しますよね。
マナブ:えーっと、そうだったような気がします(苦笑)。
歴史先生:戦国時代には南蛮貿易が盛んにおこなわれ、それに伴うキリスト教伝来と布教で新しい文化が入ってきましたが、それが一転して禁教令が出されてキリシタンが迫害を受けた歴史があります。
マナブ:「踏み絵」、とかありましたよね。
歴史先生:そうです、そうです。キリシタンの人たちは迫害を逃れて潜伏し、密かにその信仰を代々受け継いできました。長崎にはそういった「潜伏キリシタン」の人たちがたくさん住んでいました。そしてもう1つ。長崎と言えば江戸時代の鎖国下で唯一海外に開かれた場所がありましたね?
マナブ:「出島」ですね?
歴史先生:はい。鎖国の間、出島を通して長崎はオランダ、中国との交流がありました。幕末には坂本龍馬や勝海舟、トーマス・グラバーらが活躍。そして長崎には新しい技術がどんどん入り、明治の産業革命をリードしました。
マナブ:たしかにそのあたり、歴史の教科書に出てましたね。
歴史先生:一方、そして昭和に入ってからは太平洋戦争末期の悲劇、原爆投下。
マナブ: そうかぁ、たしかに長崎は戦国時代から昭和まで、濃い歴史が詰まっていそうですね。
歴史先生:たくさん行きたいところがありますが、まずは主な観光地をここに挙げておきます。
(1)有名観光地トップ6選
大浦天主堂
国宝で世界遺産。ヨーロッパ世界を驚かせた「信徒発見」の舞台。美しい白亜の外観と、木のぬくもりが感じられ る堂内の空間デザインが魅力。

© Nagasaki Prefecture Tourism Association
グラバー園
大浦天主堂のとなり。世界遺産の旧グラバー住宅や旧リンガー住宅などの史跡が、港を見下ろす丘に点在。長崎の歴史を感じられる美しい庭園。

眼鏡橋
市内中心部にかかる日本三名橋の1つ。日本最古のアーチ型の石橋。川まで下りて見上げることもできる。中島川の河畔を歩く散歩道も気持ちがいい。

出島
江戸時代の鎖国の間、唯一海外に開かれていた日本の窓。今では全体が博物館になっており、江戸時代、明治時代の建物の復元が進んでいる。

新地中華街
横浜・神戸と並ぶ日本三大中華街の1つ。横浜に比べると規模はかなり小さいが、特長としては長崎名物のちゃんぽん、皿うどん。中国の雑貨店を見るのも楽しい。

平和公園・長崎原爆資料館
広島に続いて世界で2か所目の原爆被災地。被爆の爪跡が残る浦上天主堂も近く。悲しい歴史から目をそらさず、平和を祈りたい。

(2)行くのに時間がかかるが満足度の高い観光地4選
稲佐山
世界新三大夜景の1つ、と言われる。ロープウェイまたはスロープカーでアクセス。夕日も美しい。

軍艦島
世界遺産の炭鉱跡を訪ねる船のツアー。島に行くまでの船から見える見どころも多い。

外海
映画「沈黙」の舞台。世界遺産の出津集落などには古い教会も残る。

池島
日本でここだけ。本物の炭鉱に入って見学できる。島に渡るフェリーも楽しい。

(3)歴史好きにおススメしたい主な史跡7選
風頭山
坂本龍馬の像が立つ展望台。亀山社中など龍馬の足跡をたどる。

長崎四福寺
崇福寺、興福寺、聖福寺、福済寺という4つの唐寺をめぐる

唐人屋敷
かつて中国人が住んでいた地区。土神堂、天后堂、観音堂などが残る。

西坂
二十六人の聖人が殉教した地。2人のローマ教皇も訪れたカトリックの聖地。

長崎奉行所 立山役所
かつての奉行所を大規模に復元。長崎歴史文化博物館に併設されている。

孔子廟
本格的な中国様式の霊廟。本場中国にいるような錯覚に陥る。

オランダ坂
かつての外国人居留地。風情ある石畳が続き、古い洋館が建つ。

長崎の街はこうなっている

(国土地理院地図を基に作成)
歴史先生:では、地図を見ていきましょう。長崎の街は非常にコンパクトです。平和公園だけが少し離れていますが、あとは徒歩でもまわれるくらい。北にある長崎駅から南にある大浦天主堂まで歩く距離は、東京でいえば日本橋から銀座を抜けて新橋駅まで歩くくらいなんです。
マナブ:あ、それくらいなら歩いて回れそう。
歴史先生:ほとんどの観光ポイントはこの間にぎゅっと詰まっています。
マナブ: 東京から来た私たちから見ると、山が迫っていて平地がすごく少ないですね。
歴史先生:おっと。いいところに気が付きましたね。でもこの少ない平地、昔はもっと少なかったんです。今ある平地のほとんどは埋め立てで、昔はこれらのほとんどは海だったんです。
マナブ: 長崎は埋め立てでできた町なんですね。
歴史先生:はい。こちらを見てください。地形だけを取り出して地図にしてみました。灰色の部分は今の平地ですが、そのほとんどは埋め立て地です。

(国土地理院地図を基に作成)
歴史先生:これを見ると、埋め立て以前は複雑な入り江だったことがわかりますよね。開港以前は人口1,500人ほどの小さな漁村でした。それが1570年に開港し、江戸初期には埋め立てが進み、人口5万人を超える都市に発展したんです。しかもその90%以上はキリシタンだったと言われています。
マナブ:ほとんどの人がキリシタンだったんだ・・・。
歴史先生:そ の後、江戸幕府の鎖国政策によって港は閉じられ、出島のみで細々と海外貿易が行われるようになります。しかし幕末には諸外国からの圧力によって再び長崎は開港され、近代的なインフラ整備が進みます。
マナブ:そうか、長崎は2度、開港を経験しているんですね。
歴史先生:幕末の開港では南山手・東山手を造成して外国人居留地を造り、下水道、舗装道路、街灯などが整備されました。
マナブ:異国風の街並みはそうして出来上がったんですね。
「長崎」の名前の由来は?

(国土地理院地図を基に作成)
マナブ:ところで地形図の真ん中のひょろっとした半島、特徴的ですね。
歴史先生:そうなんです! これが「長い崎(岬)」、すなわち長崎の地名の由来なんです。
マナブ:えっ、そうだったんですか。
歴史先生:あとでこの半島の地形が良くわかる場所がありますので、行ってみましょう。
マナブ:はい、楽しみにしておきます。
歴史先生:長崎を歩くとき、古地図を見ながら歩くとより一層理解が深まります。横浜市立大学の古地図データベースに、1821年(文政4年)に改版された長崎の地図があります。地図上、北が上ではなく、西が上になっていますのでご注意。これを見ながら歩きましょう。
[肥前長崎図] | 横浜市立大学所蔵の古地図データベース | 横浜市立大学学術情報センター (yokohama-cu.ac.jp)
https://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~ycu-rare/pages/WCJ_17.html?l=1&n=0
マナブ:この地図、拡大とかもできるんですね。
歴史先生:はい。出島、中華街、唐人屋敷、寺、神社、役所など、これから行くスポットが昔の地図にしっかりと載っていて、拡大するとよくわかります。一方、大浦天主堂とか、幕末以降の名所はまだ載っていません。また、長崎は埋め立ての街と言いましたが、江戸中期のころの海岸線がよくわかります。
マナブ:うん、これでそれぞれの場所の理解が深まりそうです。
歴史先生:長崎の気候についても触れておきましょう。
マナブ:長崎は雨が多い、とか? 前川清の「長崎は今日も雨だった」という歌が、思い浮かびます。
歴史先生:(笑)。実際、降雨量の全国平均は約1,600ミリ、長崎市は約1,800ミリですから若干雨は多いとは言えますが、それほどでもありません。(ちなみに東京は約1,500ミリ。)気温は最高・最低・平均とも、東京より約1度高い、という感じです。
マナブ:なるほど。
歴史先生:台風や豪雨に見舞われることもありますが、全体には温暖で穏やかな土地です。ところで、長崎はこれほど魅力的な街なんですが、近年では人口流出に悩まされています。
マナブ:というと?
歴史先生:長崎県の人口は1990年代は150万人を超えていましたが、今では130万人台に減少。特に長崎市、佐世保市といった主要都市で急速に減少しています。人口流出は47都道府県でも最悪レベルです。
マナブ:普通は都市に人口が集まりそうですが。
歴史先生:問題は若年層の流出。高校を卒業すると福岡や東京などに多くの若者が進学・就職してしまい、長崎に残る人が少ないのが問題です。
マナブ:若い人たちに魅力的な大学や働き場所がない・・・。
歴史先生:そういうことですね。
マナブ:これだけの観光資源があるので、観光による魅力的な都市づくり、ということも考えられないでしょうか?
歴史先生:そうなんです。皆さんにもっと長崎の魅力を知っていただいて、実際に来ていただ き、長崎の観光産業を盛り上げる・・・。そんなことができれば私たちのこの記事も意味がありそうです。ではさっそく、長崎の旅、始めましょう!
【旅のメモ ①】
東京から長崎までのフライトは左側の席がおススメ
羽田空港から長崎空港までは1時間55分程度のフライト。飛行機は「左側」の景色がおススメ。羽田を北に向かって離陸後、皇居、スカイツリーなど都心部を左下に見ながらぐるっと旋回。湘南の長い海岸線、江ノ島、そして富士山が左に見える。着陸前にはハウステンボスも見える。なお、帰りの長崎から羽田へは太平洋岸を飛ぶので、また左側がおススメ。
(当日の気象条件等、フライトによって異なる場合も あるのでご注意ください。)
フライトの左右の窓から何が見えるか? ANAのWebサイトがとても参考になります。出発地・到着地を入れると左右の窓から見える都市、山、などがわかるのでとても有用。
ANAのWebサイト「空から見える景色」はこちら。
https://www.ana.co.jp/ja/jp/serviceinfo/asr-viewpoint/
これによって左側、右側どちらにするかを決定。でもせっかく景色を期待して乗ったのに、ちょうど翼があってよく見えずがっかり、ということもある。シートを選ぶときには翼がどの位置にあるのかを確認しておきたい。ANA、JALとも機体のモデル(例:Boeing 737-800)毎にシートマップが公開されており翼の位置が明示されているので、そこを避けて選択しよう。
ANAのWebサイト
https://www.ana.co.jp/ja/jp/guide/prepare/seatmap/domestic/
JALのWebサイト
https://www.jal.co.jp/jp/ja/5971/seatmap/seatmap.html

左側の窓からは富士山が見える
長崎空港は1975年(昭和50年)に開業した、 当時世界初と言われた海上空港。大村市の沖合にあった箕島(みしま)という、大根やミカンが特産だった小さな島を利用して造成。海上に作ったことで周囲に障害となる地形がなく、また大村湾という深い内海で高波の恐れも少ないため、高い就航率を誇る。かつての空港は大村市の海岸近くにあり、現在は「海上自衛隊 大村航空基地」となっている。
長崎空港に着いたら、フライトに合わせて路線バスが出ているので、すぐに乗ろう。SUICA等の交通系ICも使える。その場合、乗車時、降車時ともにタッチすること。
長崎空港から長崎市内へのバス時刻表(長崎空港のページ)
https://nagasaki-airport.jp/access/bus/timetable/bus_nagasaki.php

