登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
長崎とは異なる歴史を持つ港町:佐世保
【旅のメモ ❶】長崎空港から佐世保へはジャンボタクシーの予約がおススメ
【旅のメモ ❷】佐世保ではどこに泊まる?
(1)東横イン佐世保駅前
(2)潮幸の宿 はな一
美しい佐世保の港から歩き始めよう
佐世保と言えばアメリカ海軍基地。佐世保バーガーもここから生まれた。
「鎮守府」から生まれた佐世保の歴史
第一次世界大戦での海軍の活躍を記念した「凱旋記念館」と海軍の歴史を学べる「セイルタワー」
日本一長い(?):さるくシティ四〇三アーケード
MR(松浦鉄道)の日本一短い駅間に乗ってみよう
SSK(佐世保重工業)の巨大造船所を間近に見る
佐世保のおすすめレストラン
(1)佐世保バーガーの有名店の1つ:「ヒカリ」
(2)おしゃれな五番街にあるレモンステーキの名店:「レモンド・レイモンド」
長崎とは異なる歴史を持つ港町:佐世保

SASEBOモニュメントと五番街
マナブ:今日は佐世保にやって来ました。
歴史先生 :長崎県では長崎と並ぶ大きな港町です。
マナブ:長崎と佐世保、なんだか似ていますよね?
歴史先生:すごく似ている点、そして大きく違う点がありますね。佐世保の旅を始める前にちょっとまとめてみましょう。
<似ている点>
・いずれも長崎県を代表する大きな都市。
・深い入り江の奥にある港町である。
・大きな造船所があり、造船業が 町の基幹産業になっている。
<異なる点>
・長崎は戦国時代にさかのぼる長い歴史を持ち、出島や中華街など、中国やオランダに影響された異国情緒がある港町。
・佐世保は明治になってから鎮守府が置かれたことで急に栄えた軍港、そして現在は基地の町。米軍の影響でアメリカンな異国情緒がある。
マナブ:なるほど、似てはいますがその歴史的な成り立ちはずいぶん異なりますね。
歴史先生:そして佐世保には「九十九島」という 景勝地があります。ここの地形はとても興味深いので、歴史と一緒に地形も楽しみましょう。
マナブ:いいですね。楽しみです。
歴史先生:また、佐世保から少し足を延ばしてみましょう。西海、平戸、そして陶磁器で有名な波佐見・有田・伊万里など。嬉野温泉にも立ち寄りましょう。そしてさらに北上して呼子、名護屋城まで行ってみませんか?
マナブ:興味あるところばかりです。ぜひ行きましょう!

【旅のメモ ❶】
長崎空港から佐世保へはジャンボタクシーの予約がおススメ
長崎空港から佐世保への公共交通機関としてはバス、ジャンボタクシーの2通りがある。
バスは所要約1時間半で1,400円。ジャンボタクシーは所要約55分で1,700円。
それほど料金に差はないが、ジャンボタクシーの方が圧倒的に早い。バスは一般国道を走って途中ハウステンボスを経由するため時間がかかる。ジャンボタクシーは空港からすぐに高速道路に乗ってノンストップで佐世保駅まで行くため、到着時間に大きな差が出る。バスはハウステンボスへ行く人向け、と言えるだろう。
なお、ジャンボタクシーは予約が必要。フライトの到着時刻に合わせて以下のサイトから事前予約をしておくこと。出発の30分前まで予約を受け付けているが、直前では満席になることも多いので、フライトが決まったらすぐに予約をすることをお勧めしたい。
ジャンボタクシー予約サイト
帰りの佐世保駅から長崎空港へのジャンボタクシーも合わせて予約しておくこと。なお、筆者が佐世保駅から長崎空港行きを予約し、出発10分前に乗り場へ行くとすでに他の乗客はすべて乗り込んでいた。乗り場へは早めに行くことがよさそうだ。

佐世保駅南口から東へ少し進んだところにある長崎空港行の ジャンボタクシー乗り場
<参考>
バスについては以下のサイトに詳細あり。
長崎空港から佐世保駅前のバスターミナルへのバス時刻表(長崎空港のWebサイト)
https://nagasaki-airport.jp/access/bus/timetable/bus_sasebo.php
【旅のメモ ❷】
佐世保ではどこに泊まる?
佐世保市内にはリー ズナブルなビジネスホテルチェーンがいくつかあるので、それらに泊まるのもよいが、せっかくの佐世保なので思い出に残るような佐世保らしいホテルに泊まるのもいいだろう。ここではそれらの代表格の2軒をご紹介する。
(1)東横イン佐世保駅前
駅前すぐの最高の立地(地図 ❶)。買い物、食事、観光、港の散策とすべてに至便のロケーション。

佐世保駅を出るとすぐ左側に建つ

選んだ理由:
立地:佐世保駅の北口(表)を出てすぐの抜群のロケーション。
設備:いわゆる東横インクオリティ。ビジネスホテルとして必要十分な設備が揃っている。
実際に泊まってみた感想:
・立地は最高。ここから北西に行けば長い商店街が続くし、駅の中を抜けて港のほうへの散歩コースも素晴らしい。
・部屋はコンパクトながらきれいに保たれており、泊まるには十分。
・東急インの特長は無料の朝食。佐世保駅前の場合、1階フロントロビーにテーブルが並んで朝食会場となる。レストランではないのでちょっと落ち着かないと感じる人もいるだろう。
じゃらんのサイト
https://www.jalan.net/yad348160/

東横インの室内
(2)潮幸の宿 はな一
唯一無二のロケーション(地図 ❿)。九十九島のすばらしい絶景を独り占めできる一軒家の宿。

佐世保バーガーミュージアムに併設されている潮幸の宿 はな一 (左側の建物が宿)

「潮幸の宿 はな一」の部屋から見える夕日

佐世保らしい、他ではない唯一無二の宿を探すならここ。九十九島の絶景を見渡せる高台に8棟の1軒家が建っており、それぞれを貸切る形で泊まれる。部屋からの眺めの良さでは佐世保で一番と言えるだろう。
選んだ理由:
立地:何といっても九十九島の眺め。海が西側になるので夕日が眺められる。
建物:一軒家の貸し切り。大人数や子供連れでも気兼ねなく泊まれる。
食事:佐世 保バーガーの有名店である「佐世保バーガーミュージアム」に併設された宿。
実際に泊まってみた感想:
まずは佐世保バーガーミュージアムへ。

佐世保バーガーミュージアム
ホテルのチェックインはここ、佐世保バーガーミュージアムのレジにておこなう。早速、夕飯として佐世保バーガーをオーダー。さすがのハンバーガーのおいしさに加えて、九十九島を見ながらの食事は格別だ。なお、店は18時まで。近辺にはほかに夕食を食べられるお店が少ないので、ここで夕飯を食べる場合は事前に到着時間を電話(0956-28-5533)した方が無難。

写真はスペシャル(レギュラーサイズ)、ポテト+飲み物セット。合計1,300円
佐世保バーガーミュージアム
〒857-1231 長崎県佐世保市船越町190−1
8:00~18:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://saseboburger-museum.com/
食事のあと、指定された一軒家にむかう。建物によって間取りが違うが、今回泊まった部屋は1階に茶の間があり、2階が洋寝室になっている。建物や水回り設備は少し古いが、子供の頃に田舎の親戚の家に泊めてもらった時のような、そんななつかしい感じを受けた。

それぞれが独立した一軒家になっている。

室内の様子(1階茶の間)
朝になると、九十九島はまた違った表情を見せる。朝の澄んだ空気の中、鏡のような静かな水面に浮かぶ小さな島々はいつまで見ていても見飽きない。

部屋の2階ベランダから見た朝の九十九島
一般的なホテルもいいが、ここからの九十九島の眺めは圧巻。そして価格もリーズナブル。長く思い出に残る一泊としておススメの宿だ。
楽天トラベルのサイト
https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/15130/15130.html
美しい佐世保の港から歩き 始めよう

佐世保駅を出るとすぐに港が見える

マナブ:さて、今日は佐世保駅に来ています。
歴史先生:佐世保と言えば「港」。佐世保駅の南口(みなと口)は港へ続いていますので、ここから街歩きを始めましょう。(地図 ❷)

「SASEBO」のモニュメントと五番街
マナブ:おっ。早速「SASEBO」の文字が。
歴史先生:写真映えするスポットですね。ちなみに夜もきれいなんですよ。夜の散歩もおススメです。

「SASEBO」のモニュメントの夕暮れの様子

夕暮れ時の「SASEBO」のモニュメントと五番街

ライトアップも美しい
歴史先生:さて、向こうに見えているのは「五番街」。佐世保で一番オシャレなショッピングモールです。名物の佐世保バーガーやレモンステーキの店などもありますので、あとで行ってみましょうね。
マナブ:楽しみです。

五番街前の「Love」のモニュメント
歴史先生:このあたりは港の施設のあったエリアですが、現在では「万津6区」としておしゃれな店が建ち並んでいます。最近ではBrick Mallという建物が人気です。ちょっと入口がわかりにくいのですが、中には個性的なお店が入っています。

Brick Mallの入口

Brick Mall 看板
歴史先生:近くの駐車場では「佐世保朝市」をやっています(日曜休み)。ただし開催時間が朝3時から朝9時までで、買い物に最適なのは朝5時から7時まで、とかなりハードルが高い。近くのホテルに泊まって早起きして行ってみるのもいいかもしれません。
佐世保と言えばアメリカ海軍基地。佐世保バーガーもここから生まれた。

佐世保公園とアルバカーキ橋

マナブ:川沿いの公園に来ました。(地図 ❸)
歴史先生:ここは佐世保公園。すぐ隣は米軍施設(ニミッツ・パーク)です。1970年代にその一部が佐世保市に返還され、佐世保公園となりました。
マナブ:それまでは川からこちら側はすべて米軍施設だったんですね。
歴史先生:はい。その一部返還に伴って橋が架けられ、佐世保市との姉妹都市であるアルバカーキ市にちなんでこの橋は「アルバカーキ橋」と名付けられました。

アルバカーキ橋
マナブ:地図を見ると、今でもここから西側の広大な土地が米軍施設になっています。
歴史先生:はい、ここはアメリカ海軍の第七艦隊の基地。
マナブ:第七艦隊って、よく耳にしますが。
歴史先生:アメリカ海軍は海域ごとに担当が分かれていて、第七艦隊は太平洋の日付変更線から西側とインド洋にかけての広い海域を担当しています。横須賀、佐世保、沖縄、韓国、シンガポールなどに主な基地を設けています。
マナブ:佐世保はアメリカ海軍の基地の町、なんですね。そのことと佐世保バーガーとは関係ありそうですね。
歴史先生:その通りです。日本海軍の軍港であった佐世保には、戦後すぐにアメリカの進駐軍が上陸しました。さらに1950年に朝鮮戦争がはじまると、佐世保にはさらに多くの米軍兵が駐留しました。そこで、彼ら米軍兵を相手にしたバー・キャバレーや飲食店が佐世保市内にたくさん開店します。
マナブ:そこで米兵はふるさとの味を求めたと・・・。
歴史先生:はい。米軍の関係者からハンバーガーの作り方を学んだ飲食店の店主たちが、ハンバーガーを提供し始めたようです。どの店が発祥の地なのか、というのは定かではありません。
マナブ:佐世保バーガーって、昔から有名でしたっけ?
歴史先生:いえ。佐世保バーガーが全国的に有名になったのは1990年代半ば以降のこと。それまでは地元の人たちの間で「佐世保にはハンバーガー店が多いな」、程度の認識でしたが、佐世保市による観光キャンペーンによって、知名度が大いに上がりました。
マナブ:ところで、米軍基地の中は見ることができないんですよね。
歴史先生:はい、通常は入ることができません。しかし、停泊している艦船を船の上から見るクルーズが運行されています。アメリカ海軍、日本の海上自衛隊の艦船などを間近に見られるとして人気のツアーです。
SASEBO軍港クルーズ(地図 ❹)
〒857-0855 長崎県佐世保市新港町8
11:30出航、所要約1時間、土日祝のみ運行
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.sasebo99.com/tour/100011
「鎮守府」から生まれた佐世保の歴史

旧海軍佐世保鎮守府 凱旋記念館は日本遺産に登録されている
旧海軍佐世保鎮守府 凱旋記念館(地図 ❺)
〒857-0056 長崎県佐世保市平瀬町2
9:00~22:00、火曜休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
マナブ:「旧海軍佐世保鎮守府 凱旋記念館」という立派な建物の前に来ました。(地図 ❺)これは何ですか?
歴史先生:建物の1階はイベントホール、そして2階には佐世保の歴史を紹介するパネルが飾ってあります。中へ入って、佐世保の歴史をお話ししつつ、その上でこの建物が何かをご説明しましょうね。
マナブ:はい、お願いします。
歴史先生:さぁ、建物の2階にやってきました。まずは「佐世保鎮守府」から説明しましょう。時は明治時代の初め。列強の東アジア進出が盛んになる中、島国である日本の防衛で重要な点は何だったでしょう?
マナブ:「海軍力」ですか?
歴史先生:その通りです。日本を取り巻く海上の防衛をどうするか。そのために明治政府は1875年(明治8年)に「東海鎮守府」「西海鎮守府」という海軍の拠点を作ることを決定します。当初「東海」は横浜、「西海」は長崎という、東西の国際貿易港をその拠点を考えていました。
マナブ:実際にはそうならなかったんですね。
歴史先生:はい 。「東海」は横浜から横須賀に変更となり、1884年(明治17年)に「横須賀鎮守府」として開設しました。
マナブ:で、西は佐世保、ですね。
歴史先生:1889年(明治22年)に佐世保鎮守府ができました。同時に呉鎮守府(広島県)、遅れて1891年(明治24年)に舞鶴鎮守府(福井県)が開設され、四鎮守府体制が確立しました。
マナブ:どうして長崎ではなくて佐世保になったんでしょう?
歴史先生:いくつか理由があったようです。当時の長崎はすでに開けている国際貿易都市。しかし長崎の湾はせまく、ここに軍の艦船が入るようだと商業活動を阻害するとして市民から猛反発がありました。
マナブ:それはそうでしょうね。
歴史先生:しかも鎮守府の建設には広大な土地が必要です。発展してきている長崎では土地の買収が高額になりすぎて現実的ではなくなりました。よって海軍は長崎での鎮守府開設を断念し、他の候補地を探したんです。
マナブ:どこが候補になったんですか?
歴史先生:内陸に深く入り込んだ湾を持つ伊万里、平戸の古江湾、そして佐世保が候補になったようです。のちに海軍中将や大阪市長になる肝付兼行が調査に訪れ、佐世保を推奨。深い湾の奥にあって防衛に適しており、かつ寒村で土地取得も容易だった佐世保村に鎮守府を置くことになりました。
マナブ:当時の佐世保は寒村、だったんですか。
歴史先生:はい。干拓地や湿地が広がる土地で、人家もまばらだったようです。

旧海軍佐世保鎮守府 凱旋記念館の2階には佐世保の歴史を詳しく説明するパネルが並ぶ
歴史先生:さて、佐世保に鎮守府が置かれることが決まると、早速大規模な工事が始まりました。山を切り崩し、海を埋め立て、湿地・干拓地を強靭化しました。さらに、鎮守府開設に伴って流れ込む人々による乱開発を防ぐため、都市計画を実行。現在のアーケード商店街の通りを軸として碁盤の目のように道路を整備。これによって近代都市「佐世保」が建設されるわけです。
マナブ:そうか。今回の旅の冒頭で「長崎と佐世保が似ている」と言いましたが、江戸時代 にはすでに国際都市として発展していた長崎に比べて、佐世保は明治中期から一気に発展した近代都市だったんですね。町の成り立ちは全く違うんだなぁ。
歴史先生:いいポイントですね。ところで、横須賀・呉・佐世保の鎮守府には海軍工廠(かいぐんこうしょう)が併設されていました。
マナブ:海軍工廠って?
歴史先生:海軍工廠は海軍の船や航空機、弾薬などを製造する軍需工場のことです。船を建造したり修理をしたりする造船所が中心になります。
マナブ:なるほど。
歴史先生:その造船所を作るために、まずは艦船を係留できる場所を埋め立てで作ります。これが今日も残っている立神係船池。(地図 ❻)
マナブ:地図で見ると大きいですね。
歴史先生:はい。当時、海軍最大の土木工事と言われました。1906年(明治39年)に始まり、完成したのは1916年(大正5年)でした。
マナブ:10年かかったんですね。
歴史先生:そしてその西側にドックが作られます。海軍工廠最大の第七船渠(現第4ドック)が1940年(昭和15年)に完成し、概ね現在の施設配置になりました。第七船渠では長崎で作られた戦艦武蔵のスクリューや舵、船底塗装などが行われたそうです。
マナブ:1940年というと、太平洋戦争開戦の前年、ですよね。
歴史先生:はい。日本の軍拡に合わせて佐世保の海軍工廠も継続的に増強されてきたんです。

ジャイアントカンチレバークレーンの説明パネル
マナブ:どこかでみたようなクレーンの写真がありますね。
歴史先生:そうそう、長崎で見ましたよね。
マナブ:世界遺産の「ジャイアントカ ンチレバークレーン」。
歴史先生:そのとおり。ジャイアントカンチレバークレーンは世界で10基しか残っておらず、そのうち日本では3基が残っています。
マナブ:長崎、佐世保、そしてもう1つは?
歴史先生:横浜です。「横浜ハンマーヘッド」という新しいショッピングモールになっていて、その先端にハンマーヘッドパークという公園の形で保存されています。
マナブ:あ、聞いたことあります。
歴史先生:でも横浜のは50トン、と比較的小さいものです。
マナブ:長崎、佐世保は?
歴史先生:長崎は150トン、佐世保は250トン。
マナブ:佐世保の方が大きいんだ・・・
歴史先生:長崎は1909年(明治42年)、佐世保は1913年(大正2年)に完成しました。
マナブ:古さは4年しか違わない・・・。でも長崎は世界遺産になっているんですね。
歴史先生:そうなんです。だったら佐世保の方も世界遺産になってもいいのでは?と思います。佐世保の巨大なジャイアントカンチレバークレーンは立神係留池の中心にあり、今でも現役として活躍中です。
第一次世界大戦での海軍の活躍を記念した「凱旋記念館」と海軍の歴史を学べる「セイルタワー」

旧海軍佐世保鎮守府 凱旋記念館
マナブ:「佐世保鎮守府」についてはわかりました。で、この凱旋記念館って、どういう建物だったんですか? 「凱旋」っていうことは何かの戦争で勝って、それを記念するもの?
歴史先生:はい、第一次世界大戦(1914~1918年)の話です。
マナブ:第一次世界大戦には日本は部分的に参加してたんですよね。
歴史先生:そうですね。当時、イギリスと日本の間には「日英同盟」がありました。これに基づいて日本艦隊は佐世保に集結。イギリス軍と共にドイツ領となっていた中国山東省の青島や南洋諸島を攻撃し、奪回しました。
マナブ:授業で習ったのを思い出しました。
歴史先生:アジアでの戦闘はこれで一段落したのですが、ヨーロッパではまだ戦闘が続いていました。特に海上ではドイツ軍の潜水艦「Uボート」が圧倒的な力を持っていました。
マナブ:あ、昔その映画見ました。
歴史先生:そこでUボートからイギリス艦船を守るため、イギリスは日本海軍に派遣を要請します。それに応えて日本は巡洋艦1隻、駆逐艦8隻からなる第二特務艦隊を地中海に派遣。大きな犠牲を出しながらも1918年(大正7年)の終戦までイギリス艦船を護衛しました。
マナブ:その話は知りませんでした。
歴史先生:その功績をたたえるべくイギリス国王からは勲章が贈られます。佐世保に戻った第二特務艦隊は市民から熱狂的に迎えられました。
マナブ:それが「凱旋」なんですね。
歴史先生:そうなんです。それを記念して1923年(大正12年)にこの凱旋記念館が完成しました。完成後は海軍の催事などに使われました。
マナブ:日本がどんどん軍国化して、ここから第二次世界大戦に突入していく時代ですね。
歴史先生:そうですね。
マナブ:その後、第二次世界大戦では佐世保はどうなってしまうんですか?
歴史先生:鎮守府のある佐世保は当然、空襲のターゲットとなりました。1944年(昭和19年)7月に初めての空襲を受け、1945年(昭和20年)6月の空襲では市街地の大半が焼失。1,200人の犠牲者を出しました。軍港を防衛するために築かれていた高射砲陣地があったのですが、照準を目視でおこなうなど技術的に古く、ほとんど機能しなかったようです。
マナブ:長崎の原爆では桁違い(死者73,000人と言われる)に被害が大きいのですが、他の都市での空襲の被害も悲惨なものですね。
歴史先生:そうですよね。そして敗戦。海軍は解体され、人々は仕事を失いました。戦時中30万人近かった人口も戦後には激減し、1945年(昭和20年)の末には一気に半分以下の14万人になってしまいました。
マナブ:佐世保の人たちからすると町は焼け野原になり、家も仕事もなくなってしまうという、二重のショックだったんでしょうね。
歴史先生:はい、戦後しばらくは多くの市民が虚脱状態に陥った、と言われています。その後米軍が進駐してきて、佐世保の海軍工廠の施設を使って海軍の基地を作りました。そして今の佐世保があるわけです。

海上自衛隊 佐世保史料館 (セイルタワー)

海上自衛隊 佐世保史料館 (セイルタワー)(地図 ❻)
〒857-0058 長崎県佐世保市上町8−1
入場無料
9:30~17:00、毎月第三木曜日休、年末年始(12/28~1/4)
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
https://www.mod.go.jp/msdf/sasebo/5_sail_tower/5_sail_tower.html
マナブ:凱旋記念館から通りを渡ってすぐ。海上自衛隊 佐世保史料館 (セイルタワー)に来ています。(地図 ❻)史料館の裏に駐車場もあります。
歴史先生:ここは海上自衛隊が運営する史料館。鎮守府の歴史から、日中・日露戦争、太平洋戦争など、日本海軍の歴史史料をまとめた建物です。
マナブ:1階から7階まで。大量の展示物がありますね。
歴史先生:はい。上のフロアから1階ずつ下りて行って、歴史をたどっていきます。7階は映像ホール。6階から4階までが海軍の軌跡。3階、2階が海上自衛隊の展示で艦艇模型などもたくさん飾られています。
マナブ:資料も豊富で見ごたえがありました。
日本一長い(?):さるくシティ四〇三アーケード

賑わいを見せる「さるくシティ四〇三アーケード」の様子
マナブ:セイルタワーから5分ほど歩いて、アーケードの商店街に入ってきました。ここはにぎやかですね。(地図 ❼)
歴史先生:ここは「さるくシティ四〇三アーケード」。日本一長いアーケード商店街なんです。
マナブ:えっ、ここが日本一??
歴史先生:はい(笑)、でもそれにはちょっと条件が付いていて、一直線上で、かつ屋根が連続しているアーケードとしては長さ日本一。その長さは968mにもなります。
マナブ:それにしても約1㎞とは長いですね。
歴史先生:国道35号線に並行する形になっていて、途中で大きな通りを横切らないので、アーケードの屋根がずっと連続して続いているんです。
マナブ:佐世保の都市計画で碁盤の目のように通りを作った、という話がありましたよね。
歴史先生:そうです。都市計画ではこの商店街の通りが街の中心線でした。よってそこに商店が集まって、現在のような商店街に発展していったんです。
マナブ:条件付きではない、日本一長いアーケード商店街というと、どこなんでしょう? 東京ではあまり思い当たりませんが。
歴史先生:大阪の天神橋筋商店街が日本一、と言われています。長さは2.6㎞もあります。
マナブ:そうか。大阪って、長い商店街がたくさんあるイメージです。ところで、さるくシティ四〇三、という名前なので403mなのかと思いましたが、もっと長いんですね。
歴史先生:はい。四〇三というのは、「四カ町商店街」(佐世保駅側)、「三カ町商店街」(凱旋記念館側)という2つの商店街と、そのほぼ中央にある玉屋百貨店の3つを総称して付けられた名前です。
マナブ:玉屋だから「〇」ということですね。
歴史先生:そういうことです。そして「さるく」というのは散歩する、という長崎弁。
マナブ:なるほど。

今や絶滅危惧種? 地方を代表する百貨店の佐世保玉屋。

レトロな個人店が並ぶ戸尾市場

マナブ:さて、さるくシティ四〇三アーケードを抜けたあたりに戸尾市場(とのおいちば)、というところがあります。(地図 ❽)
歴史先生:ここはレトロな感じでしょう?
マナブ:昭和の雰囲気ですね。
歴史先生:ここは昔から佐世保の台所と言われてきた場所。食料品や衣料品など、多彩な品物が並んでいました。

とんねる横丁
歴史先生:そしてここで見ていただきたいのが「とんねる横丁」。
マナブ:それはなんですか?
歴史先生:小学校 のグラウンドの下、ここの崖に昔たくさんの防空壕が掘られていました。それらの穴を使って店舗にしたのがとんねる横丁。店の中を覗くと、丸い天井が見えますよ。

白亜の尖塔が美しい三浦町教会

マナブ:佐世保駅へ向かって歩くと、国道沿いの丘の上に美しい教会が見えます。(地図 ❾)
歴史先生:ここが「カトリック三浦町教会」です。1931年(昭和6年)竣工、佐世保の軍港を見下ろす丘の上に立っています。
マナブ:戦争でも破壊されずに残ったんですね。
歴史先生:はい、空襲時には焼失を免れました。ただ丘の上で目立つ建物なので、戦時中には軍によってコールタールで壁を真っ黒にされたそうです。
マナブ:それで目立たなくして、なんとか空襲から逃れたんですか。よかった。

夜の三浦町教会
歴史先生:夜になるとライトアップされて美しい姿を見せています。国道からよく見え、ここは佐世保のランドマーク、と言えるでしょう。
MR(松浦鉄道)の日本一短い駅間に乗ってみよう

佐世保駅から松浦鉄道に乗る
マナブ:佐世保駅へ戻ってきました。
歴史先生:佐世保駅はJR九州の佐世保線終着駅。そして松浦鉄道の終着駅でもあります。ということで、駅から出る列車はすべてが当駅発。松浦鉄道はここ佐世保から松浦、伊万里、そして有田まで続く、57駅、93.8㎞に及ぶ長い路線を持っています。
マナブ:松浦鉄道、乗ってみたい。
歴史先生:では乗りに行きましょう!
マナブ:松浦鉄道のホームに来ました。あれ、1両編成?
歴史先生:そうなんです。かわいらしいですよね。

佐世保中央駅すぐ南にあるトンネル
マナブ:さぁ、乗り込みました。
歴史先生:佐世保駅を出るとすぐにトンネルになります。トンネルを抜けたところが佐世保中央駅。
マナブ:わりとすぐでした。
歴史先生:さぁ、次が見どころです。佐世保中央駅を出ますよ。
マナブ:うん、うん。
歴史先生:駅を出ました、そして次の中佐世保駅。ほら、すぐ着きました。
マナブ:えっ? もう次の駅?
歴史先生:そうなんです。ここ、佐世保中央駅から中佐世保駅は日本一駅間の短い区間。わずか200mです。(注:北九州市の筑豊電気鉄道にある黒崎駅前駅と西黒崎駅も同じく200mと日本一短い区間です。)
マナブ:あっという間でしたね。
歴史先生:先ほど通った「さるくシティ四〇三アーケード商店街」の南側と北側に駅があるんです。

さるくシティ四〇三アーケードの中で屋根が低くなっているところ(大きな広告が出ている正面の壁)。ここを松浦鉄道が通っている。
歴史先生:さるくシティ四〇三アーケードの中で1か所、不自然に屋根が低いところがありました。ここを松浦鉄道が通っていたんです。
マナブ:なるほど。
SSK(佐世保重工業)の巨大造船所を間近に見る

SSK(佐世保重工業)の造船所。ドックに入っているのは飛鳥II。左奥にジャイアントカンチレバークレーンが見える。

マナブ:佐世保市内からすぐ。SSKバイパスという幹線道路沿いにある佐世保重工業の造船所に来ています。交通量も多い道路で、車を停める場所もないので、近くの駐車場に止めて歩いてきました。
歴史先生:フェンス越しに造船所のドックが間近に見られますね。ここが海軍工廠の西 側に造られた歴史あるドックです。かつては戦艦武蔵もここに入っていました。
マナブ:今日は豪華客船が入っていますね。
歴史先生:「飛鳥II」って書かれています。日本郵船グループが所有する、日本が誇る大型の客船ですね。先代の「飛鳥」の後継として1990年に竣工。どこで作られたか、推測できますか?
マナブ:えーっと、日本で作られたとしたら、長崎とか?
歴史先生:正解です。三菱重工長崎造船所で作られたんです。
マナブ:長崎に行ったときに見たところですね。
歴史先生:はい、三菱重工長崎造船所では実に50年ぶりの豪華客船の建造だったそうで、建造にはいろいろと苦労があったようです。
マナブ:そして今日は佐世保で整備されている、ということですね。
歴史先生:左奥にクレーンが見えますか?
マナブ:あ、あれですね。さっき凱旋記念館で資料を見た「ジャイアントカンチレバークレーン」。
歴史先生:そう、250トンの大型のクレーンです。
マナブ:造船所をこんなに近くで見たのは初めてです。
歴史先生:さて、ここまで佐世保を見てきました。どうでしたか?
マナブ:深い入り江の奥の港町、ということで長崎と似ていると思っていたのですが、鎮守府から始まる海軍の町、そして米軍基地の町としての歴史を見ると、まったく違う背景を持った港町なんだなということを強く感じました。キリシタン弾圧、そして原爆といった悲劇に振り回された長崎とはまた違って、軍の発展と衰退に振り回されてきた町なんですね。
歴史先生:そうですよね。その街の歴史を学びながら歩くことで、普通の観光とはまた違った深い物の見方ができるようになります。
マナブ:まさに歴史を学ぶ楽しさ、を感じた町でした。
佐世保のおすすめレストラン(1)
佐世保バーガーの有名店の1つ:「ヒカリ」

させぼ五番街に出している支店。テイクアウトのみのカジュアルなお店だ。
ハンバーガーショップ ヒカリ
10:00~21:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
昭和26年創業の佐世保バーガーの老舗の1つ。本店は米軍基地や佐世保中央インターの近くにあるが、させぼ五番街にも支店が出ているので、アクセスしやすい。作り置きを一切せず、注文が入ってから焼くスタイル。すぐに提供されるわけではないが、焼き立ての味を楽しみにしばし出来上がりを待とう。
実際に行ってみた
お店は「SASEBO」のモニュメントのすぐ前あたりで、見つけやすい。お昼ごろ見たときは常に何人が並んでいる人気店のようだった。

今回は夕食時に訪れた。前には2名ほど並んでいただけですぐに注文の順番が来た。チーズバーガーのセット(ポテト&ドリンク)を注文。テイクアウトのみのお店だが、お店の前にテーブルと椅子が置いてある。天気の良い日はここで食べるとよい。
味はわりとあっさり目。佐世保バーガーをいくつか食べてみたが、いずれもソースなどがあっさりしていて、素材の味を楽しむようなものが多かった。昨今のグルメバーガーがこってりした濃い味のソースが多いのと対照的に感じられる。

佐世保のみなとの夕日を見ながらの贅沢な時間
お店の前のテーブルからは佐世保の夕日が見える。「SASEBO」のモニュメントにも灯がともった。カジュアルなハンバーガーの夕食だが、とっても贅沢な時間であった。
佐世保のおすすめレストラン(2)
おしゃれな五番街にあるレモンステーキの名店:「レモンド・レイモンド」

おしゃれな「させぼ五番街」。港に面して2階の赤い日よけのあるところが「レモンド・レイモンド」


「レモンド・レイモンド」の入口
レモンド・レイモンド
11:00~22:00、無休
(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)
佐世保のグルメとして佐世保バーガーの次によく言われるのが「レモンステーキ」。レモンド・レイモンドは初のレモンステーキ専門店として市内で開業し、させぼ五番街にも支店を出している。
実際に行ってみた

メニュー。肉の部位の違いを楽しめる。
「ステーキ」と言うだけあって、それなりに値段が張る。お肉の質による価格差なのだろう。お肉をしっかり食べたいと思ったので、ビッグを頼んでみた。

まずはドリンク、サラダ、スープから先に提供される。

そしてメインのレモンステーキとライス。
これはうまい! カルビ肉のジューシーな旨さに、レモンのきりっとしたさっぱり感がたまらない。サラダ、スープも美味しかった。
窓の外はベランダになっていて、佐世保の港が見える抜群のロケーション。うまいレモンステーキと景色を堪能した贅沢なランチタイムであった。

