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長崎市_2.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
岬の先端には何があった?

出島で江戸時代にタイムスリップ
コラム:シーボルトって何をした人?

水辺の森公園:海風を感じながらベイエリアを散歩しよう

出島ワーフ:まるで海外のようなおしゃれスポット

グッドデザイン賞 受賞の長崎県庁

市内中心部(浜町)のおすすめレストラン(1)
江戸時代から続く茶碗蒸しの名店 「吉宗(よっそう)」

市内中心部(浜町)のおすすめレストラン(2)
1950年代創業の老舗洋食店で食べるトルコライス 「レストラン メイジヤ」

市内中心部(新地中華街)のおすすめレストラン(1)
1944年創業、中華街を代表する大型中華料理店 「京華園」

市内中心部(新地中華街)のおすすめレストラン(2)
ウスターソースで食べる細麺皿うどん「龍園」


岬の先端には何があった?



マナブ:大きな通りを西側(港の方)へ向かって歩いています。おっと、突然上り坂になりました。(地図 ⓬)


歴史先生:はい、地図をみてください。ここが長崎の地名の由来になった長―い岬の先端です。今、埋め立て地のところから、この岬の先端のところに登ろうとしています。


マナブ:結構、急な坂ですね。


歴史先生:はい、では岬の先端に何があったのか、ここの看板を絵を見てみましょう。


江戸町交差点の看板に描かれている昔の長崎の絵


マナブ:お、これは昔の長崎。


歴史先生:はい、まだ埋め立てがされる前の姿。昔の地形がこれでよくわかりますね。


江戸町交差点の看板に描かれている岬の教会の絵


歴史先生:そして長崎が開港してすぐの1571年、その先端に「岬の教会」がポルトガル人の宣教師によって建てられました。その後、増改築を繰り返し、1601年には被昇天のサンタ・マリア教会となりました。当時の長崎で最大の教会だったようです。しかし1614年、徳川幕府による禁教令のもとで、この教会はすべて取り壊されました。


江戸町交差点の看板に描かれている出島と西役所の絵


歴史先生:江戸時代には岬の先端に人工の「出島」が造られ、岬には「西役所」がありました。今の長崎歴史文化博物館に併設されている立山役所は「東役所」とも呼ばれ、ここ西役所と共に長崎奉行が街を治めていました。


江戸町交差点の看板に描かれている海軍伝習所の絵


歴史先生:幕末(1855年、安政2年)にはここに海軍伝習所が造られ、勝海舟、榎本武揚、五代友厚ら、錚々たるメンバーがここで船の技術や操船術を学びました。勝海舟は単なる生徒としてではなく、生徒をまとめる役割を担っていました。


マナブ:成績優秀だったから?


歴史先生:大きかったのは語学でしょう。海軍伝習所の先生たちは皆オランダ軍艦に乗って日本へやってきた人たち。当然日本語はできません。よって授業はすべてオランダ語。通辞はいましたがそれでも大いに不便でした。


マナブ:船の学校だから、実習船もあるんですよね?


歴史先生:はい。オランダ製の蒸気船、観光丸・咸臨丸などが練習用に使われました。


マナブ:咸臨丸は聞いたことがあります。


歴史先生:海軍伝習所ができる前の話。ペリーの黒船来航によって、幕府は軍艦を揃えないと西洋と太刀打ちできないことを悟ります。そこで友好国であったオランダの出島の商館長、ドンケル・クルチウスの勧めもあってオランダに軍艦を2隻発注。そしてその操船を教える学校を作ろうとしたのがこの海軍伝習所です。しかし欧州での戦乱のため、納期が遅れそうになってきました。


マナブ:困りますね。


歴史先生:そこでクルチウスは蒸気船スームビング号を幕府に献上するよう本国を説得し、その船が先に長崎へやって来ました。それが観光丸、です。オランダとしては日本に恩を売った代わりに今後の軍艦や商船の発注を独占しようと考えていました。


マナブ:なるほど。


歴史先生:その後、新しく建造されて納品された1隻が咸臨丸、です。


マナブ:坂本龍馬もここで船について学んだんですか?


歴史先生:いいえ。長崎海軍伝習所はわずか4年で閉鎖になり、その後江戸(築地)と神戸にも海軍の練習施設ができて、龍馬は神戸で操船を学びました。


マナブ:えっ? こんな施設がわずか4年なんて、もったいない。


歴史先生:当時は安政の大獄(1858~59年)のころにあたり、政情不安が募っていました。長崎という土地柄、薩摩・長州を含む西日本の諸藩からの生徒も多く、中でものちに倒幕の中心となる佐賀藩からが一番多かったようです。幕府としてはもっと自分のコントロールの利く江戸や神戸に海軍伝習所を移したかったのではないでしょうか。


マナブ:ここ、今では空き地になっていますが・・・。


歴史先生:2018年までここに長崎県庁がありました。今では長崎駅前の新庁舎に移転しています。


マナブ:ここを過ぎると、今度は急な下り坂ですね。


歴史先生:坂を下りたところが昔の船着き場、「大波止」です。南蛮船来航の看板を見ておきましょう。


大波止交差点に近い所に立つ南蛮船来航の看板


マナブ:大波止の交差点の角、ここがカステラの文明堂総本店、ですね?


歴史先生:はい、先ほど丸山にあった福砂屋総本店と同様、立派な店構えですよね。


文明堂総本店


マナブ:カステラと言えば長崎、というイメージがありますが。


歴史先生:カステラは長崎が開港してまもなく、ポルトガル人によって伝えられたと言われています。


マナブ:ということは、カステラって、ポルトガル語?


歴史先生:いえ。中世のころ、現在のスペインの大部分を占めていたカスティーリャ王国という国があるのですが、そこで食べられていたパンとして紹介されました。


マナブ:国の名前だったんですね。


歴史先生:その後、長崎にてさまざまな改良がくわえられて、現在の形になりました。坂本龍馬の海援隊の日誌の中にもカステラのレシピのメモが残っていたりしますよ。


出島で江戸時代にタイムスリップ


© Nagasaki Prefecture Tourism Association

出島 表門橋



マナブ:いよいよ出島にやって来ました。(地図 ⓭)


歴史先生:はい、この表門橋を渡ったところが出島です。


ちりんちりんアイスの屋台


マナブ:おっ。また「ちりんちりんアイス」の屋台が出てる。さっき眼鏡橋でも見ました。


歴史先生:はい、そのほか、平和公園やグラバー園入口など、長崎の有名観光地で見ることができます。ただし冬の期間(12月中旬から3月中旬くらいまで)はお休みになります。前田製菓さんという会社がされていて、1960年(昭和35年)の創業。当時は当たり前だった行商スタイルを今でも続けています。ちりんちりん、と鐘を鳴らして売っていたことからこの名前になりました。


マナブ:昔懐かしいですね。江戸時代に入る前に昭和にタイプスリップ、です(笑)。


歴史先生:たしかに(笑)。味も昔懐かしい感じです。ぜひ1つ食べていきましょう。


ちりんちりんアイス


前田製菓さんのWebサイト

https://www.maedaice.com/


歴史先生:これから出島に入るわけですが、出島の歴史を少々まとめておきましょう。出島が着工されたのは1634年、その2年後に完成しました。徳川家光の時代です。幕府が鎖国政策をとるようになったため、長崎市中に住んでいたポルトガル人を収容しようということで造られました。


マナブ:オランダ人、ではないんですか?


歴史先生:そうなんです。最初はオランダ人ではなく、ポルトガル人のための場所でした。しかし出島ができた翌年の1637年に島原・天草一揆が起きて、1639年にはポルトガル船の来航が禁止されました。ということで出島は一度空き地になります。そこへ1641年、オランダが平戸から商館を出島へ移すことになりました。


マナブ:それでオランダ人の島に変わったんですね。さて、表門橋を渡って、出島に入ってきました。


歴史先生:入って右側が江戸時代、左側が明治時代の建物の復元になっています。まずは江戸時代から行きましょう。


出島のメインストリート


出島(地図 ⓭)

〒850-0862 長崎県長崎市出島町6−1

拝観料520円(小中高生、団体割引等あり)

8:00~21:00 (最終入場20:40)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://nagasakidejima.jp/


歴史先生:入ってすぐ。緑の格子が印象的な建物は「筆者蘭人部屋」、すなわちオランダ人の書記が住んでいた建物です。現在は出島と世界のつながりを紹介する資料館になっています。


筆者蘭人部屋


歴史先生:少し奥にある、三角の階段が印象的な出島で最も大きな建物、これが「カピタン部屋」。出島で一番偉い、オランダ商館長が住んでいた建物になります。


マナブ:カピタンって、キャプテンのこと?


歴史先生:はい、英語ではそうなります。日本の大名や役員が出島を訪れたときに接待されたものここ。今では出島の生活やカピタンの暮らしを展示しています。


カピタン部屋


マナブ:出島に住んでいたオランダ人は基本的に出島の外にはなかなか出られなかったんですよね? 異国のこんな狭いところで暮らしていて辛くなかったのかなぁ。


歴史先生:カピタン(オランダ商館長)だけは、1年に1度、江戸に定期報告に行かなければいけませんので、長旅を楽しんでいたようです。しかし他のスタッフは基本的に出島の中だけでの生活。毎年6~7月頃にオランダ船が入港し、その時はさまざまな仕事がありますが、普段は暇を持て余していたようです。


マナブ:それは辛い・・・。


歴史先生:ビリヤードをしたり、バドミントンをしたり、という記録があるようですが、当時のオランダ人の中での唯一の楽しみは「酒と女」だった、と言われています。


マナブ:酒というのはまさか日本酒、ではないですよね?


歴史先生:酒はオランダ船を通じて輸入していました。当時のオランダ人はジンを最も好んだようで、ジンのボトルがたくさん発掘されています。そのほかにもワイン、チーズ、ハムなども輸入し、食事は洋食。牛肉料理もたくさん出ました。ちゃんと膝にナプキンをかけてナイフとフォークで食べていたそうです。


マナブ:酒と食事はオランダ風、ですね。えっと、もう1つの「女」は日本の女性、ですかね?


歴史先生:これはさすがにオランダから輸入というわけにいかないので、丸山あたりの遊女が出入りすることが許されていました。遊女たちは唐人屋敷へ行く「唐館行き」と出島へ行く「おらんだ行き」という仕事があったようです。ロマンスに落ちることもあったようで、シーボルトがお滝さんと恋に落ちたのは有名な話です。(お滝さんは遊女ではなかったという説もありますが。)


マナブ:それでもやっぱり出島の外に出たかったんだろうなぁ。


歴史先生:そうですよね。ところで「長崎くんち」という有名なお祭りがありますよね。これは江戸時代の初期、1634年に始まった諏訪神社のお祭りなんですが、1654年になって出島のオランダ商館員たちも大波止のあたりまで出て見物することが許されたそうです。


マナブ:今度は入口から反対方向(左側)へ来ました。


歴史先生:こちらのエリアには明治時代の建物が復元されています。こちらは旧出島神学校。1878年、明治に初期に建てられた現存する最古の神学校です。


旧出島神学校


歴史先生:隣にあるのが旧長崎内外俱楽部。外国人と日本人の親交の場として建てられたものです。現在は1階がレストラン・カフェになっています。


旧長崎内外俱楽部の2階


歴史先生:一番奥にあるのが「ミニ出島」。出島の1/15の模型で当時の様子がよくわかります。川原慶賀(かわはら けいが)が描いたとされる1820年ごろの出島の絵を元に作成しました。


ミニ出島


マナブ:出島の中で展示されている資料を見ていると、「川原慶賀」の絵、という表示をよく見かけます。どんな人だったんですか?


歴史先生:川原慶賀はオランダ商館に出入りを許された絵師だったんですが、その彼を有名にしたのはシーボルトです。


マナブ:シーボルトって、何をした人でしたっけ?


歴史先生:ではここでシーボルトと川原慶賀についてまとめておきましょう。


コラム:シーボルトって何をした人?


ドイツ人の医師。植物学にも精通。1823年(ペリー来航の30年前)にオランダ商館の医師として長崎へ来航。本来、オランダ人でなければ許可されないはずだったが身元を偽って滞在したらしい。翌年には長崎市の鳴滝(現在の新中川町電停から北へ行ったところ)に塾を開き、西洋医学を日本人の塾生に教えた。1826年にはカピタン(オランダ商館長)の江戸参府に同行し、将軍徳川家斉に面会。江戸までの道中、各地で植物採集などをおこなった。長崎滞在中に楠本滝(お滝さん)と結婚し、娘をもうけている。


1828年、わずか5年の滞在の後ヨーロッパへ帰国しようとしたが、持ち物の中に幕府禁制の日本地図が見つかり、没収の上、国外追放処分となる。(シーボルト事件)


オランダでは日本に関する研究をまとめた書物「日本」を発行し、日本をヨーロッパ世界に広く紹介すると共に日本学の第一人者として認められるようになった。


一方、川原慶賀は当時オランダ商館に出入りを許されていた絵師。その正確で精密な写実力をシーボルトに認められ、江戸参府にも同行。長崎だけでなく日本各地の風景や草花のスケッチなど、シーボルトの「カメラ」として重宝された。風俗画や人物画も多く残っており、当時の暮らしぶりや人物など、貴重な歴史資料となっている。


水辺の森公園:海風を感じながらベイエリアを散歩しよう


水辺の森公園と稲佐山



マナブ:路面電車に乗って、「大浦海岸通」まで来ました。


歴史先生:ここからはベイエリア。「水辺の森公園」(地図 ⓮)を散歩しましょう。


マナブ:これは気持ちのいい場所ですね。正面に見えるのは稲佐山、ですね? 山頂に展望台とテレビ塔が建ってる。


歴史先生:そうですね。稲佐山の中腹にある大型のホテルも何軒か見えます。


水辺の森公園では船の出入りが間近に見られる


水辺の森公園の芝生広場


マナブ:広い芝生広場ではボール遊びをしたり、ピクニックしたり。そして目の前を大きな船が通っていく。まさに市民の憩いの場、ですね。


世界遺産「ジャイアント・カンチレバー・クレーン」


歴史先生:そういえば歴史の話もしなければいけませんね。対岸の造船所をみてください。今日は自衛艦が何隻か泊まっているようですが、もう少し右側、ちょうど稲佐山山頂の真下あたりです。薄緑色の大きなクレーンが見えますか?


マナブ:はい、見えます。


歴史先生:あれが世界遺産の「ジャイアント・カンチレバー・クレーン」です。


マナブ:えっ、あれって世界遺産なんですか?


歴史先生:1909年竣工、といいますからもう100年以上前から動いている現役のクレーンです。英国製のもので、同型としては日本で初めて設置されました。今でも三菱重工長崎造船所で作られたタービンやプロペラといった重い機械を吊り上げて、船に積み込む作業をしています。明治日本の産業革命遺産、の構成要素の1つです。


マナブ:100年以上現役で活躍するなんて、すごい。


歴史先生:水辺の森公園では「長崎県美術館」(地図 ⓯)も見どころです。建物や展示ももちろんすばらしいですが、入り口脇の階段(写真右端)を登ると無料で入れる屋上庭園になっていて、港の眺めが見事です。今日は豪華客船も松ヶ枝ターミナルに入港していますので、よく見えるはずです。行ってみましょう。


長崎県美術館


マナブ:屋上へ上ってきました。おぉ、今日はラッキーですね。女神大橋をバックに豪華客船が見えます。乗ってみたいなぁ。


歴史先生:客船の入港スケジュールはこちらから見ることができます。(長崎港のWebサイト)長崎を訪問される際にはここもチェックしてみてくださいね。

http://www.nagasaki-port.jp/cruiseschedule.html


長崎県美術館屋上から見た女神大橋と豪華客船


長崎県美術館(地図 ⓯)

〒850-0862 長崎県長崎市出島町2−1

入館無料、ただしコレクション展・企画展などは有料

10:00~20:00、第2、第4月曜日休(祝日の場合は翌日)、12/29~1/1休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.nagasaki-museum.jp/


出島ワーフ:まるで海外のようなおしゃれスポット


出島ワーフ



歴史先生:水辺の森公園のとなりに続くのが出島ワーフ。(地図 ⓰)


マナブ:わぁ。ここはアメリカの港町のハーバーサイドっていう感じ。


歴史先生:ここは日蘭交流400年を記念して2000年にオープンした施設で、おしゃれなレストランやカフェが並びます。港を見ながらのコーヒー、なんてどうですか?


マナブ:いいですねぇ。ここでお茶していきましょう。


出島ワーフ2階にあるカフェ


歴史先生:ここ、夕方や夜景もとってもきれいです。夜もまた来るといいですよ。建物だけでなく、ヨットもライトアップしていたりします。


出島ワーフの夜


ライトアップされた出島ワーフのヨット


出島ワーフ(地図 ⓰)

〒850-0862 長崎県長崎市出島町1−1

営業時間は店舗ごとに異なる

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://dejimawharf.com/


歴史先生:すぐ近くにやまさ海運さんの桟橋があります。ここに停泊しているのは軍艦島クルーズに使われるマルベージャ、マルベージャ3と、 長崎港クルーズに使われる「新・観光丸」。


マナブ:あ、さっき観光丸の話がありましたね。オランダが献上してくれたという。


歴史先生:はい。「新・観光丸」はそれを復元したもので、これに乗って長崎港を周遊することができます。


マナブ:あ、雲の一部が虹色になってる。


歴史先生:ほんとだ。女神大橋の上に「彩雲」が出ていますね。


マナブ:さいうん?


歴史先生:瑞雲、慶雲、などとも言われます。昔から吉兆、とされていますから、何かいいことあるかもしれませんね。


新・観光丸


新・観光丸と彩雲


新・観光丸 長崎港めぐり (やまさ海運)

〒850-0035 長崎県長崎市元船町17−3

乗船料 2,000円 (小学生、障がい者割引あり)

16:00出航、火・水休み(祝日の場合は運航)、3~11月運行

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.yamasa-kaiun.net/kankomaru


グッドデザイン賞 受賞の長崎県庁


長崎県庁と稲佐山



歴史先生:出島ワーフから北へ歩きましょう。大型のショッピングセンター「ゆめタウン 夢彩都」の前を通ります。


マナブ:さらに歩いていくと、稲佐山をバックに長崎県庁が見えてきました。曲線を多用した素敵なデザインですね。


歴史先生:はい、2018年に移転し、2019年にはグッドデザイン賞を受賞しています。


グッドデザイン賞受賞

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e178218-803d-11ed-af7e-0242ac130002?companies=6534bc7a-70d3-4ea1-9f18-a6749b0af965


歴史先生:港の方を見ると、五島行きのフェリーや軍艦島クルーズのBlack Diamond号が泊まっています。


五島行きフェリーと軍艦島クルーズのBlack Diamond号


マナブ:ここからは長崎港全体が良く見えますね。


長崎港の夕日


歴史先生:長崎県庁を回り込むと浦上川。こちらからの角度も素敵です。


長崎県庁と浦上川


歴史先生:市内中心部、いかがでした?


マナブ:とにかく見どころが多くて(笑)。文化財に繁華街、グルメ、と盛りだくさんでした。



市内中心部(浜町)のおすすめレストラン(1)

江戸時代から続く茶碗蒸しの名店 「吉宗(よっそう)」



吉宗(よっそう)

〒850-0853 長崎県長崎市浜町8−9

11:00-15:30 (L.O. 14:30)、17:00-20:30(L.O. 19:30) 、月・火休、1/1, 8/15, 12/31休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://yossou.co.jp/



幕末の1866年(慶応2年)創業。伊予藩士の吉田 宗吉信武が長崎の肥後藩邸で茶碗蒸しを食べ、その不思議な食べ物に魅せられたと言われている。吉宗の茶碗蒸しは一般的によく見る小さな器ではなく、どんぶりサイズ。茶碗蒸しをたっぷりと楽しむことができる。具材は、穴子、海老、鶏肉、しいたけ、きくらげ、銀杏、たけのこ、蒲鉾、麩の9種類。枕崎の鰹、利尻昆布、醤油などで作る出汁が自慢。


吉宗では「夫婦蒸し」という名前で茶碗蒸しと蒸し寿司とをペアで提供するのが特徴。蒸し寿司はあなごの蒲焼き、魚のでんぶ、錦糸卵のあざやかな3色で彩られる。


実際に行ってみた


場所はベルナード観光通りのアーケードから横道に入ってすぐ。赤い提灯が並ぶ外観が印象的。


店に入ると、レトロな内装に江戸時代にタイムスリップしたかのよう。まずは履物を預かっていただく。1階のカウンター、2階の大広間・中広間など、席数は多い。訪ねたのは平日18時ごろ。5分ほどの待ち時間で席に案内された。


レトロな和の空間で席に着くとタブレットでオーダー。基本の「御一人前」を頼んでみる。まずは茶碗蒸しのサイズにびっくり。こんなにたっぷりと茶碗蒸しを食べたのは初めて。創業当時から変わらないという出汁の旨味が楽しめる。一方であっさりとした蒸し寿司は懐かしい味。濃厚な茶碗蒸しとあっさりとした蒸し寿司のコントラストで箸が進む。


歴史の街、長崎での思い出に残る一食としてぜひお薦めしたい。



市内中心部(浜町)のおすすめレストラン(2)

1950年代創業の老舗洋食店で食べるトルコライス 「レストラン メイジヤ」




レストラン メイジヤ

〒850-0853 長崎県長崎市浜町3−18

11:00-20:00 、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://tabelog.com/nagasaki/A4201/A420101/42001246/ (食べログのサイト)


長崎市民に長く親しまれている洋食店がベルナード観光通りのアーケード内、ビルの2階にある。地元の肉屋である明治屋商店が開いたレストラン。


長崎の名物といえばちゃんぽん、皿うどんが全国的に有名だが、それに次いで「トルコライス」も有名。トルコライスとはピラフ、カツ、ナポリタン、ハンバーグなどを大皿に盛り付けたもので、「大人のお子様ランチ」とも言われて大人気。店によって内容が異なっていて、その食べ歩きも楽しい。


レストラン メイジヤのトルコライスはカレーピラフとナポリタンスパゲティの上にカツを乗せたもの。好きなものが一度に食べられるお得感がありそう。


実際に行ってみた


アーケードから階段で2階へ上ると昭和の雰囲気のある室内。窓側に座るとアーケードを歩く人たちを見下ろしながら食事ができる。平日18時ごろの入店だったが、待たずに入ることができた。


トルコライスの味は、老舗洋食店そのもの。どこか懐かしい、正統派の洋食メニューが楽しめる。「よくばりトルコライス」はさらにハンバーグがトッピングされたもの。こちらも試してみたいメニューだ。



市内中心部(新地中華街)のおすすめレストラン(1)

1944年創業、中華街を代表する大型中華料理店 「京華園」



京華園

〒850-0842 長崎県長崎市新地町9−7

11:00-15:00(L.O.14:30)、17:00-20:30(L.O. 19:30)、不定休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.kyokaen.co.jp/


戦争中に創業、戦後1949年に現在の位置に移転。新地中華街の北門の入口にある大型店。豪華な内装と落ち着いたサービスでゆったりしたランチ/ディナータイムを過ごすことができる。


観光客に人気なのはやはり長崎ちゃんぽんと皿うどん。皿うどんには太麺(写真中央)と細麺(写真左)がある。(全国的におなじみのカリッと揚げた麺は「細麺」のこと。「太麺」は汁なしちゃんぽん、といった感じ。)



実際に行ってみた


訪れたのは平日13時ごろ。新地中華街は観光客や修学旅行生らでにぎわっており、どの店も行列ができるほど。店内で15分ほど待ってようやく席に案内された。



長崎以外ではあまり見ない「太麺」の皿うどんを注文してみる。ちゃんぽんと同じような麺と具。ちゃんぽんの旨味のあるスープが麺にしみこんでいるような感じ。手軽に食べられる印象だ。



サイドメニューからは肉まんを注文。たっぷりの肉汁が入っており、期待を裏切らない。


新地中華街に来て中華街らしいお店を選ぶなら、候補の1つとしておススメできるお店だ。


市内中心部(新地中華街)のおすすめレストラン(2)

ウスターソースで食べる細麺皿うどん「龍園」



龍園

〒850-0842 長崎県長崎市新地町13−15

11:00-20:30、金曜休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://tabelog.com/nagasaki/A4201/A420101/42004296/ (食べログのサイト)


新地中華街を平日夜訪ねると、意外と閉まっている店が多く、閑散としている。その中で営業していたのがこちらの「龍園」。新地中華街の東門のそばのお店だ。入ってみると少し懐かしい昭和的なシンプルな内装。皿うどん(細麺)と、名物の水餃子を注文した。



長崎では皿うどんにウスターソースをかけることが多い。この店でもちゃんとウスターソースをつけてくれた。かけてみると、味にコクが出てとてもおいしい。もちもちの水餃子も絶品。ぜひ試していただきたい。




​歴史好きのための観光ガイド
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