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長崎市_2.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
外海に行くなら長崎漁港で腹ごしらえと買い出しを済ませておこう
長崎漁港のおすすめレストラン
何といっても魚が新鮮。そして安さにびっくり!

赤い煉瓦が印象的な「カトリック黒崎教会」

角力灘(すもうなだ)の絶景と夕日が楽しめる立地最高の道の駅

角力灘(すもうなだ)に伝わる猟奇的な怖―い伝説

世界遺産 出津(しつ)集落ではまずは資料館へ行ってみよう

世界遺産 出津集落の歩き方
コラム:映画「沈黙」ロドリゴ神父にはモデルがいた?

フェリーに乗る前にぜひ歩いてほしい穴場:神浦(こうのうら)と神功皇后伝説
コラム: 「池島炭鉱体験」の事前予約方法と、当日の池島までのアクセス

フェリーで池島へ渡る:池島にはかつて大きな池があった?

池島炭鉱体験ツアー:本物の炭鉱を体験できるのは日本でここだけ。


外海に行くなら長崎漁港で腹ごしらえと買い出しを済ませておこう



マナブ:今日は長崎市内から外海(そとめ)、そして池島へ向かいます。


歴史先生:私たちはレンタカーで行きましょう。途中で長崎漁港へ寄ります。


マナブ:漁港って 聞くだけで楽しみになりますが、新鮮な魚とか食べられるんですか?


歴史先生:もちろんです! 楽しみにしていてください。それから、長崎漁港のエリアで買い出しもしておきますよ。というのは、外海、池島エリアには飲食店もコンビニも、ほとんどないんです。よって、長崎漁港の所で腹ごしらえと、買い出しを済ませておきましょう。


マナブ:おぉ、なんだか秘境に行くようでわくわくします。


歴史先生:今夜は神浦(こうのうら)に泊まるのですが、ホテルにはレストランがないので、夕食と朝食も持参しないといけません。それに池島ではランチを食べる場所がないので、何か持っていく必要があります。


マナブ:おぉ、不便そうだけど、なんだかますます楽しみです。


歴史先生:さて、いよいよ出発です。今日の行程はこんな感じです。


長崎市内 → 長崎漁港   35分

長崎漁港 → 道の駅  15分

道の駅 → 出津  4分

出津 → 神浦港  7分

神浦港で宿泊

神浦港 → 池島 (フェリー) 26分


マナブ:神浦港までは全部で1時間くらいのドライブですね。わりと近い。


歴史先生:長崎市内からは諏訪神社の前の交差点を経由して、長崎バイパス・川平有料道路を通ります。川平ICで下りて、「時津・佐世保方面」へ。時津で有料道路を下りて、一般道へ。山がちの地形が続き、長いトンネルが続きます。


マナブ:おっ、突然視界が開けました。


歴史先生:ここまでくれば長崎漁港(地図 ❶)はもうすぐです。


マナブ:あ、「長崎魚市場」の看板が出てきました。そして左側に広い駐車場が見えます。


歴史先生:駐車場に入りましょう。入口は奥にあるので、駐車場を通り過ぎてから左折します。お目当ては「水産食堂」、です。新鮮なおさかなをリーズナブルにたくさん食べましょう!


マナブ:いいですね! 行きましょう!


長崎漁港の広い駐車場


長崎漁港のおすすめレストラン

何といっても魚が新鮮。そして安さにびっくり!



水産食堂

〒851-2211 長崎県長崎市京泊3丁目3−1

6:00-14:00 日曜休 (そのほか市場が休みの日はお休み)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://tabelog.com/nagasaki/A4201/A420101/42004483/ (食べログのサイト)


市場の食堂だが「観光客様大歓迎」と書いていただいているので、誰でも入りやすい。海鮮丼と刺身定食が有名ツートップだが、市場関係者の利用も多いことから一般的な定食メニューも豊富。しかし観光で行く私たちとしてはせっかくなので新鮮な魚を食べたい。


実際に行ってみた


訪問したのは平日13時ごろ。1組待ちで5分ほどで席に案内された。朝は6時からやっているが、14時閉店、13時30分ラストオーダーなので、訪問が遅くならないように注意が必要。


刺身定食・海鮮丼のメニュー表


特盛海鮮丼


刺身定食1,050円、海鮮丼1,100円、と信じられない価格。しかしせっかくなので、特盛海鮮丼1,500円、というのを注文してみる。鯛のあら汁付き、で1,900円。


鯛のあら汁付き 特盛海鮮丼


特盛海鮮丼


海鮮丼は満足度100%!たっぷりの刺身がのっていて、しかも新鮮さ抜群!


鯛のあら汁は何と海鮮丼本体よりも大きいくらい。これで1,900円なんて、よそだと倍以上のお値段は当たり前。素晴らしいコストパフォーマンスであった。


赤い煉瓦が印象的な「カトリック黒崎教会」


カトリック黒崎教会



歴史先生:道の駅の手前で「カトリック黒崎教会 (地図 ❷)」に立ち寄っていきましょう。正面の丘の上に見えています。


マナブ:あ、あれですね。


歴史先生:信号を右折してください。駐車場への行き方がわかりにくいので、地図を載せておきますね。


© Google


歴史先生:駐車場は教会の裏側にあるので、裏から教会の脇を歩いて通って正面に回りましょう。


教会の脇を歩いて正面へ


マナブ:レンガ造り、なんですね。


歴史先生:ここのレンガ、きれいでしょう? これはド・ロ神父の指導の下で、信徒のみなさんが1つずつ手で積んでいったものなんです。1897年に造成され、1920年にようやく完成しました。


レンガの壁が美しい


マナブ:赤いレンガと青い窓のコントラストがとってもおしゃれです。


カトリック黒崎教会


歴史先生:教会は言うまでもなく、宗教的な聖なる場所です。観光地ではありません。よって扉が開いていて、中の人がどうぞ、と言ってくださるような状況でなければ、信徒の方以外は内部に入ることをあまりお勧めできません。また、中に入れていただける場合もマナーを守ってくださいね。


<教会見学時のマナー>

(出典:ながさき旅ネット)


・内陣(祭壇)の所は神聖な場所です。絶対に立ち入らないようにしましょう。

・ミサ(礼拝)は神聖な儀式です。写真撮影は止めましょう。

・教会内での飲食や、タバコの喫煙は禁止です。

・大声で騒いだり走り回るのもマナー違反。特に子供さんをお連れの場合は同伴者が気を配って見学するようにしましょう。

・教会内にはいろんな物(祭礼品、装飾物など)があります。むやみに手を触れないようにしましょう。

・教会のトイレは信者の方のためのものですので、できるだけ教会以外のトイレのご利用をお願いします。


角力灘(すもうなだ)の絶景と夕日が楽しめる立地最高の道の駅


道の駅 夕陽が丘 そとめ



道の駅 夕陽が丘 そとめ(地図 ❸ )

〒851-2327 長崎県長崎市東出津町149−2

営業時間は店舗により異なる

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.yuhigaoka-sotome.com/


マナブ:黒崎教会の所から坂を登ったらすぐに道の駅に着きました。(地図 ❸ )


歴史先生:ここ、「道の駅 夕陽が丘 そとめ」は立地が最高なんです。高さのある岬の先端に立ち、角力灘(すもうなだ)の眺めが絶景。しかも西側に面した海岸なので、夕日が抜群にきれい。


マナブ:そうそう、稲佐山でも話があったように、日本では夕日の沈む西海岸というのは少ないんですよね。


歴史先生:そうなんです。ところで、ここには売店があるので、地元のベーカリーのパンなど、仕入れておきましょう。レストランもあるのですが、営業時間が短く、Webの情報とは違うこともあるようなので、もし利用をする場合は直前に電話して確認しておくといいでしょう。ここを逃すと、この先にはレストランやコンビニなど、一切ないですから。


遠藤周作文学館と角力灘の眺め


遠藤周作文学館(地図 ❹)

〒851-2327 長崎県長崎市東出津町77

入館360円(小中高生、団体割引あり)

9:00-17:00 12/29~1/3休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.yuhigaoka-sotome.com/spot/spot09/


マナブ:ん? ここは遠藤周作文学館?


歴史先生:はい。道の駅に併設されています。遠藤周作先生の作品に関する資料の展示、そして角力灘を見ながら静かに思索する部屋、などが設けられています。


遠藤周作文学館


角力灘(すもうなだ)に伝わる猟奇的な怖―い伝説


角力灘


マナブ:ここからみる角力灘の景色、すばらしいですね・・・。


歴史先生:右側にみえる手前の3つの島、右から小角力(こずもう)、母子島(はこしま)、大角力(おおずもう)、そして奥に見える大きな島が明日行く池島です。左に見える大きいほうが大蟇島(おおひきしま)、小さいほうが小蟇島(こひきしま)です。大蟇島の地下には池島炭鉱の坑道が伸びており、かつては換気のための立坑などの施設がありました。


マナブ:ひえー、池島炭鉱のスケールの大きさを感じます。


歴史先生:ところで小角力(こずもう)、大角力(おおずもう)って、おもしろい名前だと思いませんか?


マナブ:そうですよね、そしてなんか形も変わってるように見えます。奇岩、って呼んでいいかと。


手前左端が大角力、右端が小角力


歴史先生:これらの島にはおもしろい、いえ、怖ーい伝説があるんです。


マナブ:そういうの好きです(笑)。どんな話なんですか?


歴史先生:むかーし、むかし。外海に住んでいた漁師が、とった魚をミカンに交換して家に持って帰りました。その漁師には男の子が2人おり、ミカンを1つずつ与えました。ところがその兄弟は「お兄ちゃんのミカンのほうが大きい」「いや、お前のミカンのほうが大きい」と言い出して、とっくみあいの喧嘩を始めてしまいました。


マナブ:うんうん、よくある、ある。


歴史先生:それを見た父親は激怒し、弟を肩からケサ切りにして殺し、兄の方は腹を刺して殺しました。


マナブ:えっ・・・(絶句)


歴史先生:そして二人の遺体を川に流し、そのまま二人は海に流れていきました。それが海の中で岩となり、背が高く腹に穴が開いている方が兄、背が低く斜めに切れているほうが弟として、兄弟岩、あるいは大角力・小角力と呼ばれるようになりました。この話は「兄弟仲良くしなければならないよ」、という教訓として語り継がれました。


マナブ:いやいや、ちょっと・・・。


歴史先生:怖ーい話だったでしょ?


マナブ:怖いというか、展開が意外すぎて。今だったら猟奇的殺人鬼の父親、としてワイドショーで大騒ぎになりそう。


歴史先生:ところで最近、アバターの映画のポスターを見ていてハッとしたのですが・・・


マナブ:えっ、何です?


歴史先生:このポスターに出ている岩、大角力にそっくりじゃないですか?


©20th Century Studios


大角力


マナブ:あっ、ほんとだ。


歴史先生:大角力がアバターの岩のモデルになったのかどうかは定かではありませんが、いずれにしてもアバターの世界に出てきそうな奇岩である、ということは間違いないですね。


世界遺産 出津(しつ)集落ではまずは資料館へ行ってみよう


道の駅から出津集落を遠望する


出津集落



歴史先生:このあと世界遺産の出津集落へ行きますが、道の駅から全景が見えます。


マナブ:あ、あのあたりに行くんですね。


歴史先生:出津教会堂など、主要な建物が全部見えています。この出津集落と、その北側にある大野集落が世界遺産に指定されています。では、早速行ってみましょう。


外海歴史民俗資料館


外海歴史民俗資料館(地図 ❺)

〒851-2322 長崎県長崎市西出津町2800

入館310円(小中高生、団体割引あり)※ド・ロ神父記念館との共通入館料

9:00-17:00 12/29~1/3休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.city.nagasaki.lg.jp/kanko/820000/828000/p000837.html


マナブ:「外海歴史民俗資料館」というところに来ました。車はここに停めます。


歴史先生:ここ、外観はちょっと古い感じなのですが(失礼!)、中はリニューアルされていてとってもきれい。しかも展示内容が充実していて、とっても見ごたえ十分な資料館なんですよ。


外海歴史民俗資料館 内部


池島炭鉱のコーナー


歴史先生:1階はここ出津の農業と漁業のくらしの展示。そして明日行く池島炭鉱の資料が豊富に展示されています。


マナブ:池島炭鉱のコーナーには何やら大型の機械もありますね。


歴史先生:はい、実際の掘削に使われた機械などが展示されています。また、貴重な昔の映像などが見られるビデオも上映されています。


マナブ:軍艦島に行く前に「軍艦島デジタルミュージアム」で予習しましたけど、池島に行く前に予習するとしたらこの資料館がベストですね!


歴史先生:2階は潜伏キリシタン、ならびにド・ロ神父に関する資料が豊富に展示されています。まず、潜伏キリシタンに関してですが、当然「潜伏」していたので、建物は何もなく、資料はほとんど残っていません。わずかに残されているのは、秘密裡に隠し持っていた聖画像とか十字架、などになります。


マナブ:なるほど。


歴史先生:一方で、明治になって禁教令が終わり、堂々と信仰ができるようになった後、潜伏キリシタンがいたところに教会堂などが建てられ、それが今私たちが目にすることのできるカトリックの信仰の遺産なわけです。


マナブ:ところでずっと違和感を持っていたのですが、私は教科書で「かくれキリシタン」と習ったような覚えがあって、今回の旅でずっと「潜伏キリシタン」と言われているのがどうも気持ち悪いのです・・・。


歴史先生:なるほど、そうでしたか。禁教令の下でひそかに信仰を保ってきた人々のことを以前は「かくれキリシタン」と呼んでいたようなのですが、今では「潜伏キリシタン」と呼ぶのが正しいです。一方で「かくれキリシタン」というのは、明治になって禁教令が廃止された後、多くの信者がカトリック教会などに属して信仰を続けたのに対して、潜伏時代のやり方そのものを継続して信仰する人たちのことを指すようになりました。


マナブ:そうだったんですね。それですっきりしました。リアス海岸、と一緒だ。


歴史先生:というと?


マナブ:私たちの教科書では「リアス式海岸」と習いました。でも最近では「リアス海岸」と教えるようになったんですよね?


歴史先生:あ、そうですね。Riasというのはスペイン語で「入り江」という意味で、入り江の多い地形のことをそのままリアス海岸と表記されるようになりました。


世界遺産 出津集落の歩き方


外海歴史民俗資料館に上るカーブの所にある「沈黙の碑」



歴史先生:さて、これから出津集落を歩くのですが、その前に「沈黙の碑」と呼ばれるところを先に見ておきましょう。資料館の入口から道を隔てた向かい側、海の見える方です。


マナブ:お、石碑がありますね。


歴史先生:右奥の石には「沈黙の碑」、そして手前の石には「人間がこんなに哀しいのに  主よ  海があまりに碧いのです」と書かれています。


マナブ:あぁ・・・・。遠藤周作さんの「沈黙」を読んだ後だと、その一語一語がとっても胸に沁みます。ここから見る海は美しいけど、悲しくもあります。来てよかった。


出津集落の案内図


歴史先生:では資料館へ戻って、ここから歩き始めましょう。資料館の前に地図の看板がありますので見てください。資料館のところから階段を下って、旧出津救助院、ド・ロ神父記念館へ行きます。そこから少し歩いて出津教会堂へ、と回ります。


マナブ:奥にもう1つ駐車場がありますけど、そこからだと教会堂まですごい坂を登って、しかも遠いですね。資料館に車を停めたわけがわかりました。


標識に従って歩こう


外海歴史民俗資料館からこの階段を下りて行く


マナブ:資料館の所から階段を下りていきます。


歴史先生:まず最初に来たのは旧出津救助院です。


旧出津救助院



旧出津救助院(地図 ❻)

〒851-2322 長崎県長崎市西出津町2696−1

入館400円(小中高生、団体割引あり

9:00-17:00(火~土)、11:00-17:00(日)月曜休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://shitsu-kyujoin.com/


旧出津救助院の案内図


歴史先生:ごめんなさい、本日月曜日はお休みなんです。ここはド・ロ神父が女性の自立を支援するために建てた施設。授産施設ですが、それ以外にも鰯網を作ったり、マカロニを作ったりしたそうです。


マナブ:明治になってからできたんですよね。


歴史先生:はい。禁教令が出ていた江戸時代にはここに代官所と庄屋の家があって、ここでキリシタンの取り締まりが行われていましたが、キリシタンであるとわかっても、年貢をきちんと納めていれば、信仰は黙認されたそうです。


マナブ:え、意外と厳しくなかったんですね。


歴史先生:何しろその庄屋さんも潜伏キリシタンだったらしいんです。


マナブ:おぉ、それは取り締まりが緩くなりますよね。


歴史先生:なんと、この庄屋さんの家には「イナッショさま」と呼ばれる小さな像があり、村人の信仰の対象になっていました。先ほどの資料館で見ましたよね。


マナブ:はい、ちょっと不思議な形の仏像みたいな・・・。


歴史先生:イナッショさまはマリア様と同様に、潜伏キリシタンの間で人気があったようです。イナッショさまとはイエズス会の創始者、聖人イグナチオ・ロヨラのこと。ザビエルを日本に派遣したのもイグナチオです。


マナブ:イグナチオさま・・・イナチオさま・・・イナッショさま・・・という感じでしょうか。ところで、東京の四谷の上智大学の前に「聖イグナチオ教会」ってありますよね?


歴史先生:はい、まさにそれです。聖イグナチオ教会(カトリック麹町教会)は聖人イグナチオ・ロヨラから名前をとったものです。では、旧出津救助院のお向かいにあるド・ロ神父記念館に行きましょう。ここが鰯網工場だった建物です。


ド・ロ神父像


ド・ロ神父記念館(地図 ❼)

〒851-2322 長崎県長崎市西出津町2633

入館310円(小中高生、団体割引あり)※外海歴史民俗資料館との共通入館料

9:00-17:00 12/29~1/3休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.city.nagasaki.lg.jp/kanko/820000/828000/p000827.html


歴史先生:記念館の前にド・ロ神父の像があります。


マナブ:外海に来てからド・ロ神父の名前を何度も聞きました。何をした人なんですか?


歴史先生:フランス人で、由緒ある貴族の家の出です。そんな人が28歳の時、1868年(明治元年)ですが、禁教令下の日本にやって来ました。最初のうちは大浦天主堂にいて、印刷事業を始めたり、神学校を建てたりしていました。そして1879年(明治12年)には外海に赴任。それ以来、外海の人たちに深い愛情を注ぎ、フランスで学んだ建築、医学、産業など幅広い知識を生かして外海の人たちが自立して生きる場所と知識を与え続け、その後一度も母国へ帰ることなく、日本で74歳の生涯を閉じました。


マナブ:ここ外海の人から見たら、まさに聖人。感謝してもしきれない人、という感じでしょうか。


歴史先生:まさにそうですよね。記念館の中にはド・ロ神父に関するたくさんの資料が展示されています。


ド・ロ神父記念館の内部


歴史先生:ここから出津教会堂へ歩きます。


マナブ:素敵な雰囲気の道ですね。


歴史先生:教会堂と旧出津救助院を結ぶ道はド・ロ神父も通った歴史の道、なんです。


出津教会堂と旧出津救助院を結ぶ道


マナブ:さぁ、出津教会堂につきました。


出津教会堂



出津教会堂(地図 ❽)

〒851-2322 長崎県長崎市西出津町2633

出津教会堂の見学は(個人・団体問わず)事前連絡が必要

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/1094


マナブ:私たちが訪ねたときにはちょうど管理の方がいらっしゃって、中に入れていただきました。


歴史先生:内部は写真が撮れないので、表の看板にある内観写真を載せておきます。


マナブ:わりとシンプル、ちょっと日本的な感じのする素朴な室内でした。


歴史先生:長崎における初期の教会堂の例として貴重な遺構です。国指定重要文化財になっています。


出津教会堂について


歴史先生:帰りも同じ道を帰ってもいいのですが、アップダウンがきついですよね。楽な近道としては、出津教会堂前の車道をそのまま下ると資料館につきます。途中に見るものは特にないですが、楽に戻れるこちらの道もおすすめです。


マナブ:歩いてみてわかったことですが、出津集落って、海の近くまで山が迫り、耕作できる土地がほとんどありませんね。ここで暮らしていた人たちが貧しい生活を強いられ、信仰を心のよりどころにしていた、というのがここにきて実感できました。


歴史先生:でも、景色が美しい。


マナブ:はい。映画「沈黙」で見たような風景がここには広がっています。ぜひ小説を読んで、映画を見て、ここを訪れていただきたいですね。


コラム:映画「沈黙」ロドリゴ神父にはモデルがいた?


映画「沈黙」の主人公、ロドリゴ神父には実はモデルとなった人物がいる。それはジュゼッペ・キアラ神父。キアラ神父はイタリアのシチリア島の生まれ。キアラ神父が30歳になった1633年、衝撃的なニュースがイエズス会にもたらされた。それはイエズス会の日本のトップであるフェレイラ神父が拷問によって棄教した、というものだった。


当時イエズス会に所属していたキアラ神父ら数名はイエズス会の名誉を回復すべく、死を覚悟して日本へ渡航を試みる。その努力の結果、キアラ神父が40歳になった1643年、ついに日本への渡航を果たした。最初についた場所は実は外海ではなく、福岡県の玄界灘にある大島だった、と言われている。しかし渡航した全員はすぐに役人にとらえられ、長崎奉行所を経て江戸へ移送された。そして、そこで一行はフェレイラ神父と運命の対面をするのだった。


キアラ神父らは、フェレイラ神父の棄教は事実だったことに衝撃を受ける。フェレイラ神父はなんとキアラ神父らに棄教を勧めるとともに、一方で幕府に対してはどうすれば神父たちが棄教するのかアドバイスをおこなっていたようだ。キアラ神父らは結局、3日間の穴吊りののち、「転ぶ」、すなわち棄教することになった。


キアラ神父はその後幽閉され、そこでの病によって生涯を閉じる。しかしイタリアではキアラ神父は日本で殉教した、と伝わっていた。


現在、東京都調布市にあるサレジオ会調布修道院に、キアラ神父の墓碑が建っている。ここにはサレジオ会の日本での先駆者、チマッティ神父を記念した資料館などもあり、日本におけるキリスト教布教の歴史を考える絶好の場所となっている。調布駅からは徒歩15分ほど。


<読んでおきたい本>

遠藤周作

沈黙



島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。

神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。


<見ておきたい映画>

沈黙 ーサイレンスー



遠藤周作の名作「沈黙」をマーティン・スコセッシ監督が映画化。



フェリーに乗る前にぜひ歩いてほしい穴場:神浦(こうのうら)と神功皇后伝説


神浦(こうのうら)



マナブ:出津集落から車で7分。神浦(こうのうら)につきました。赤い橋が印象的ですね。


歴史先生:出津集落からここ神浦までの短い間に青い橋、白い橋を渡って、最後は赤い橋を渡りました。これはド・ロ神父を生んだフランスとの友好を示すためにフランスの三色旗に合わせて塗られたものです。


マナブ:そういう理由だったんですね。


歴史先生:今夜は神浦の港にある建物に泊まります。


ホテル外海イン


ホテル外海イン (地図 ❾)

〒851-2403 長崎県長崎市神浦江川町657−2

10部屋、1泊4,400円

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.sotomeinn.jp/


マナブ:車は建物の1階に停められます。ここ、ほんとに船着き場の真ん前ですね。


歴史先生:そうなんです。建物の1階がフェリーのチケット売り場と待合所になっています。ホテルのフロントは2階、部屋は4階。部屋はシンプルで必要十分の設備はそろっています。ただレストランは長期休業中で、近隣に飲食店もないので、長崎漁港や道の駅で仕入れたものを夕飯としていただきましょう。


外海インが入るビルは1Fがフェリーターミナル、3・4Fがホテルになっている


部屋の様子


マナブ:朝になりました。おはようございます。今日は池島に渡ります。


歴史先生:その前に朝の散歩はいかがですか?


マナブ:いいですね、行きましょう。


歴史先生:ところで神浦(こうのうら)という地名ですが、一説には神功皇后が三韓遠征をおこなった時、その帰りにこの浦に立ち寄ったことから、と言われています。


マナブ:神功皇后というと、大昔の人ですね。


歴史先生:日本書紀に登場する4世紀後半くらいの人物で、実在したかどうかは不明です。のちの応神天皇を身ごもりながら韓国へ遠征し、新羅を討ったなどの伝説が残ります。特に北部九州のあちこちに伝承地が残っています。


マナブ:勇ましい女性、という印象があります。


歴史先生:まさにそうですね。ここ神浦の神浦神社も神功皇后を祀っています。


マナブ:今、坂道を登っています。大きなお寺がありますね。


歴史先生:ここは日蓮宗 久本寺(くほんじ)。(地図 ❿)ここの特長は大きな日蓮像と角力灘の眺め。


マナブ:日蓮さんの像、大きいですね。


久本寺



歴史先生:そして日蓮像は角力灘を遠くに見ています。


久本寺 日蓮像と角力灘


マナブ:おぉ、すごい眺め。


歴史先生:では坂道をさらに登っていきます。


マナブ:開けた公園に来ました。


歴史先生:ここが神浦城公園。(地図 ⓫)戦国時代の城跡です。城郭はほとんど残っていませんが、角力灘の眺めのいいあずまやや、史跡の案内看板などがあります。


神浦城公園


マナブ:神浦城って、誰の城ですか?


歴史先生:大串氏の居城です。1375~79年ごろに築かれました。戦国時代はこのあたり、すなわち西彼杵(にしそのぎ)半島は日本初のキリシタン大名として有名な大村純忠の領地でした。しかし1566年、大村純忠の家来である後藤貴明が反旗を翻し、大串氏の7代目にあたる大串正俊(神浦正俊)は後藤にしたがって横瀬浦を焼き討ちしました。


マナブ:横瀬浦?


歴史先生:歴史上重要な港の1つです。横瀬浦は大村純忠が開いた南蛮貿易の基地。そんな重要な街を焼き討ちされたのですから、大村純忠は怒り心頭。大串正俊は大村純忠に攻め滅ぼされ、神浦の城も破却されたようです。(ただし、大串正俊の子孫は大村純忠の家臣となり、神浦の地頭となって長く家が続きます。)


マナブ:大村純忠の領地だったということは、ここ神浦にも潜伏キリシタンが多かったんでしょうね。


歴史先生:そうなんです、ここにも多くの潜伏キリシタンが暮らしていたことがわかっています。ところで、禁教令が出た後、大村純忠の子の大村喜前は速やかに日蓮宗に改宗しました。よって江戸時代にはこのあたりに多くの日蓮宗の寺ができています。さきほどの久本寺もその1つ。


マナブ:なるほど、そうだったんですね。ところで、この公園からの眺め、すばらしいですね。


神浦城公園からの眺め


歴史先生:手前には昨夜泊まったホテルの建物があり、そこが港になっています。遠くに見える島のうち、右の大きいのが今日行く池島、です。中央は大蟇島(おおひきしま)と小蟇島(こひきしま)が重なって見えています。左が母子島(はこしま)、その左側に見えている尖った岩が大角力(おおずもう)・・・。


マナブ:あ、ミカンで兄弟げんかして殺されたお兄ちゃんの方。


歴史先生:そうです、そうです(笑)。


マナブ:あの話、こわかったなー。


歴史先生:さて、そろそろフェリーの時間ですよ。港へ下りていきましょう。


コラム: 「池島炭鉱体験」の事前予約方法と、当日の池島までのアクセス


池島炭鉱の坑道内


日本で唯一、本物の炭鉱を体験できるのがこの池島炭鉱体験ツアー。軍艦島ツアーと同様、ここも事前予約が必須。ここでは(1)ツアーの予約方法、(2)池島までのアクセス、について解説する。


(1)   ツアーの予約方法


ツアーの予約はすべてWeb経由となる。複数の民間のツアー会社が競っている軍艦島と違い、長崎国際観光コンベンション協会がすべてを管理している。


・ツアーの予約サイトはこちら (https://saruku.nagasaki-visit.or.jp/ikeshima/ )。このサイトにある注意事項をよく確認しておくこと。

・ツアーの日程は前月の25日午前9:00に公開される。例えば4月のツアー日程は3月25日の朝9時に公開され、予約ができるようになる。

・月・木曜日が休みのことが多いが、具体的な日程についてはWebサイトにて確認のこと。

・ツアーが満席になることは少ないが、万が一を考えて早めの予約がおススメ。

・ツアーは午前コース、午後コースと、午前コース+島内ツアーの3種類がある。

・Webにて予約すると確認メールが来るので注意事項をよく読んでおくこと。


(2)   池島までのアクセス


長崎市内から距離があるので、旅程のプランニングの中で池島へのスケジュールをよく考えておく必要がある。



<長崎市内から日帰り(レンタカー利用の場合)>


・8時半ごろ:長崎市内でレンタカーを借りる。1時間ほどのドライブで神浦港へ到着。

・10時ごろ:神浦港にてフェリーの往復チケットを購入。

・10:30:神浦港からフェリーに乗船。10:56池島港着。フェリーの時刻表はこちら

https://www.city.nagasaki.lg.jp/shimin/121000/121200/p027560_d/fil/ikesimajikokuhyou.pdf

・13時前:ツアー終了、解散。

・13:17:池島港からフェリーに乗船。13:43 神浦港着。

・14時ごろ:レンタカーにて出津集落へ

・14~16時ごろ:出津集落を見学

・16~17時ごろ:道の駅 夕陽が丘 そとめ/遠藤周作文学館 を見学

・18時ごろ:長崎市内へ戻る。レンタカー返却。


<長崎市内から日帰り(バス利用の場合)>


・8:27 「長崎駅前南口」からバス乗車、「桜の里ターミナル」行き。 9:13「桜の里ターミナル」着。

・9:20 「桜の里ターミナル」からバス乗車、「板の浦」行き。9:50「神浦郵便局前」下車。(バスは運賃片道1,100円)

・10時ごろ:神浦港にてフェリーの往復チケットを購入。

・10:30:神浦港からフェリーに乗船。10:56池島港着。フェリーの時刻表はこちら

https://www.city.nagasaki.lg.jp/shimin/121000/121200/p027560_d/fil/ikesimajikokuhyou.pdf

・13時前:ツアー終了、解散。

・13:17:池島港からフェリーに乗船。13:43 神浦港着。

・バスを待つ間、神浦散策

・14:20 「神浦郵便局前」からバス乗車、「桜の里ターミナル」行き。 14:50「桜の里ターミナル」着。

・15:00 「桜の里ターミナル」からバス乗車、「新地中華街」行き。15:46「長崎駅前南口」下車。(バスは運賃片道1,100円)

※バスの最新の時刻についてはこちらから必ずご確認ください。

https://transfer.navitime.biz/nagasaki-bus/pc/map/Top



フェリーで池島へ渡る:池島にはかつて大きな池があった?


池島行きフェリー


マナブ:さて、フェリーが港に入ってきました。これに乗って池島へ渡りましょう。


歴史先生: ホテルのあるビルの1階が切符売り場です。


切符売り場


フェリーの時刻表はこちら

https://www.city.nagasaki.lg.jp/shimin/121000/121200/p027560_d/fil/ikesimajikokuhyou.pdf



フェリー船内の様子


マナブ:今日は平日。フェリーはとても空いています。中の席もデッキも動き放題。写真も撮りやすいです。


青い橋と白い橋


歴史先生:青い橋、白い橋が見えますよ。


マナブ:赤い橋と合わせてフランスの三色旗をイメージした、フランスとの友好のシンボルでしたね。


母子島と大角力


歴史先生:左手には母子島(はこしま)と大角力(おおずもう)。


マナブ:せっかくこんなに近くを通るのに、この角度だと大角力に穴が開いているのが見えませんね。


歴史先生:そうなんです。ちょっと残念ですよね。


マナブ:とか何とか言っているうちに、池島につきました。26分の短い船旅です。運賃も420円、と安い。



歴史先生:ところで「池島」という名前はどうやってついたと思いますか?


マナブ:えーっと、島の中に池がある、とか?


歴史先生:はい、正解です。この島には大きな池があったんです。


マナブ:「あった」・・・ということは過去形?


歴史先生:はい、今私たちが入ってきているこの港、大きな入り江になっているでしょ? これは元は大きな池だったんです。どれくらい大きかったかというと、軍艦島がすっぽり入るくらいの大きさでした。炭鉱を開発するにあたって、この池の土手の1か所を切り開いて海とつながるようにして、波の静かな素晴らしい港にしたわけです。


マナブ:なるほど。うまいこと考えましたねー。


歴史先生:元は「鏡ヶ池」という名前でした。これは神功皇后が遠征の折にその御姿を映してご覧になった、という伝承が伝わっています。


マナブ:またここにも神功皇后の伝承があるんですね。


池島炭鉱体験ツアー:本物の炭鉱を体験できるのは日本でここだけ。


見学ツアーの様子


歴史先生:さぁ、池島の港につきました。ブラタモリでも、タモリさんが長崎からわざわざここまで足を延ばして、炭鉱体験をされていましたよ。


マナブ:本物の炭鉱に入れるなんて、わくわくします。


歴史先生:ところで、池島炭鉱は軍艦島よりもかなり新しい炭鉱です。軍艦島は1890年(明治23年)に三菱が買収して炭鉱を開発、1974年(昭和49年)に閉山。池島炭鉱は三井系の松島炭鉱によって1959年(昭和34年)に開発開始、2001年(平成13年)に閉山。


マナブ:ずいぶん時代が違うんですね。


歴史先生:池島炭鉱は1959年当時の技術で開発されましたから、設備は軍艦島よりずっと近代的です。また、2001年まで操業していたため、建物もまだそれほど壊れていません。よって軍艦島ほどのすさまじい「廃墟感」はないかもしれませんが、逆に操業していた当時にタイムスリップしてリアルな体験ができると評判です。


マナブ:フェリーが港に着くと、池島炭鉱体験ツアーの係の人が待ってくれていました。ツアー参加者の名前を確認ののち、車で事務所まで乗せて行ってもらいます。・・・といってもわずか300mほど。話をする間もなく着きました。(地図 ⓬)



池島炭鉱ツアーの事務所


歴史先生:事務所のある建物、昔はここの1階がお店だったようですね。「港ショッピングセンター」と書かれています。


マナブ:昭和の感じが出ているなつかしい雰囲気の建物ですね。ここの中の事務所に入って、みんなで動画をみました。また、実際に炭鉱で働いていた人から炭鉱の概略を説明いただきました。


歴史先生:軍艦島ツアーでは子供時代を軍艦島で過ごした人から話を聞きましたが、ここ池島では実際にこの炭鉱で働いていた人から話が聞けるんですね。ツアー中、いろいろと質問もできるそうです。


マナブ:さて、ツアー開始までの時間がランチ休憩。といっても近くに飲食店や食べ物を買えるお店はなく、しかも時間も20分しかないので、持参したパンを食べることにします。


歴史先生:土日祝は「炭鉱弁当」という、昭和のなつかしい雰囲気のお弁当(900円、お茶付き)を予約することができます。ツアー予約時にあわせて頼んでおくとよいでしょう。ただし、今日は平日なのでお弁当の提供はありません。


マナブ:さぁ、ツアー開始時間です。


歴史先生:参加者それぞれにヘルメットとキャップランプが配られました。係の方が装着の仕方を指導してくださいます。


マナブ:うわー、ランプ付きのヘルメット。これをかぶったら探検気分が盛り上がってきました。


歴史先生:さぁ、それではトロッコ乗り場へ歩いていきましょう。


このトロッコに乗って炭鉱へ入る


歴史先生:ここから、緑色のトロッコに乗ります。


マナブ:ツアー中、写真は撮ってもいいけれど動画はNGだと言われました。


歴史先生:かつては動画撮影もOKだったのですが、心無い人がツアーのフル動画を無修正で動画サイトにアップし、そこに他の参加者の顔がバッチリ映っていたようなんです。その参加者からクレームが入り、動画を禁止したのだとか。


マナブ:現代はSNS時代と言われますが、アクセス数を稼ぐためなら「何でもあり」、という風潮があります。しかしそこは、投稿者として最低限のマナーと節度を守ることは大切ですよね。


トロッコで坑道の入口へ


歴史先生:このトロッコですが、元々は石炭を運ぶためのものだったそうです。よって人が乗った時の乗り心地は考慮されていません。


マナブ:ガタガタって感じで走っていますね。少し小高くなったところの上に、かつての施設でしょうか、錆びついて廃墟になっているのが見えます。


歴史先生:ちょうどあの施設の下のあたりから地下へもぐります。


坑道の入口


マナブ:坑道に入りました。中は真っ暗です。


真っ暗な坑道の中、トロッコの音が響く


歴史先生:目的地に着きました。ここでトロッコを下ります。


トロッコを下りて、ここから徒歩で見学


マナブ:まだそんなに地下深くへは潜っていませんよね?


歴史先生:はい、実際の採掘現場は数百メートルも下の方だと思いますが、ここは坑道のほんの入口にすぎません。


坑道内には掘削の機械がそのまま残る


マナブ:大きな機械がいまでもそのまま残っています。


歴史先生:この大きな爪でガリガリと穴を削っていきます。また坑内では給気、排気が重要。そのための大きなダクトがありますね。


水平・垂直を測る実習


マナブ:何か紐がぶら下がっていますね。


歴史先生:真っ暗な地下空間で、まっすぐに坑道を掘っていくって、大変なことなんです。おもりを紐で垂らして、垂直・水平などを測りながら、木の枠を組んで穴を掘り進めていくんです。


マナブ:なるほど。


ダイナマイト装填の実習


マナブ:この細いのは?


歴史先生:これはダイナマイトを仕込んで発破させるための細い穴を岩にあける機械です。実際に体験できますからぜひやってみてください。


マナブ:おー、結構重い。そして結構衝撃が来ます。地下空間でこの作業をするのは、重労働ですね。


空気供給装置


歴史先生:ここ池島炭鉱には、たくさんの安全装置が設置されています。これもその1つ。


マナブ:空気供給装置?


歴史先生:はい、ここにぶら下がっている袋状のもの、この中に新鮮な空気が外から送られてきます。


マナブ:この絵にあるように袋をすっぽりかぶって、中で息ができる、というわけですね。


歴史先生:そうです。実際にかぶってみる体験もできますので、やってみましょう。


マナブ:ところでこの絵に書かれている説明文、日本語ともう1つありますが、英語ではないですね?


歴史先生:多分これはインドネシア語、かな? というのは池島炭鉱は閉山後、インドネシアからの研修生を受け入れて、最新の炭鉱に関する技術移転を行っているんです。


マナブ:インドネシア、ですか?


歴史先生:インドネシアは日本と同じく火山の島国。地層の特長も似ています。そして石炭の埋蔵量が豊富。インドネシアでは石炭は露天掘りが当たり前なのですが、それには熱帯雨林を大規模に伐採しなければいけません。


マナブ:それは良くないですね。


歴史先生:そこで露天掘りではなくて、坑道という穴を開けてそこから掘り出す、日本のスタイルが求められているんです。


マナブ:なるほど、そのための技術を支援しようとしているんですね。


歴史先生:日本の炭鉱は国際的な価格競争に勝てませんでしたが、実は日本はまだ石炭を必要としています。発電には火力、原子力、水力などいろんな方式がありますが、それらの割合ってどれくらいか知っていますか?


マナブ:いいえ、わかりません。


歴史先生:ざっくりいうと、石炭火力が3割、LNG火力が3割、その他の火力が1.5割、原子力が0.5割、水力が0.5割、バイオマスが0.5割、その他再生可能エネルギー(太陽光、風力など)が1割、といったところです。日本は石炭への依存度がとても高い国で、世界的な二酸化炭素排出削減の流れからは程遠い状態なんです。


マナブ:えっ、石炭が3割も? 知らなかった…。地球環境の国際会議で日本がいつもやり玉に挙げられるのは、こういった現実があるからなんですね。


歴史先生:そうなんです。そこで日本は石炭をどこからか輸入しなければなりません。インドネシアでの炭鉱開発を資金面、技術面で支援することで、その調達ルートの確保に努めています。さらに、インドネシアからの研修生を受け入れて教育するというビジネスをすることで、元の炭鉱従事者の雇用の確保にもなっています。


マナブ:そうか。「インドネシアの人に技術を教えてあげたい」というような単純で親切な話ではなくて、そこにはいろんな日本のビジネス上の課題とメリットがあるわけですね。


ツアーを終えて地上へ戻る


マナブ:またトロッコに乗って、元の場所へ戻ってきました。最後にここから見える風景の説明を受けて、ツアーは終了です。


歴史先生:池島炭鉱体験ツアー、いかがでした?


マナブ:いやー、本物の炭鉱に入って内部を見れるなんて。軍艦島とはまた違った感激がありますね。


歴史先生:ところでこのツアーですが、炭鉱の元従事者の高齢化も進んでいます。それから今日のツアーも定員を大きく割り込んでいました。このツアーが今後いつまで続くのか、ちょっと心配です。


マナブ:これを読んでくださっている皆さん、ぜひ池島炭鉱体験ツアーに参加してくださいね。


歴史先生:ほんと、そうですね。ではフェリーまで少し時間がありますので、島内を散策しながら港まで行きましょう。


マナブ:事務所に詳しいウォークマップが貼ってありました。島内を散策される方はぜひこちらを参考にしてください。


事務所に貼り出してある、手作りの池島案内地図


マナブ:フェリーの時間まで、少し島内散策しましょう。


炭鉱施設(貯炭場等)


火力発電所跡


池島港(鏡ヶ池)


歴史先生:今の池島港、そして元の鏡ヶ池が良く見えるスポットに来ました。右にあるのが石炭船積み機(トリンマー)です。


マナブ:ここで石炭を運搬する船に石炭を積み込んでいたわけですね。そのためにこんな広い港が必要だったのか。


職員が住んでいたアパート群


歴史先生:港までの道のりにはたくさんのアパートがあります。


マナブ:子供のころ、近所にあった団地に似ています。軍艦島に比べるとまだ新しいですが、それでも少しずつ、風化して廃墟に近づいているような感じではありますね。


フェリー乗り場


マナブ:フェリー乗り場に戻ってきました。


神浦行きフェリー


歴史先生:フェリーが港に入ってきました。これで神浦港まで戻りましょう。


フェリーから見た池島


マナブ:池島炭鉱。日本で唯一本物の炭鉱を体験できる場所でした。炭鉱の中はどんな感じなのかリアルに理解でき、ずっと忘れられない思い出になりました。ぜひ皆さんも訪れてみてくださいね。

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