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埼玉県 大宮_1.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
別府八湯の中で最もディープな「明礬温泉」
 
ここは奇跡の温泉?! 一生に一度は体験したい「別府温泉保養ランド」
 
地獄めぐり(1):坊主地獄
 
地獄めぐり(2):海地獄、鬼山坊主地獄
 
地獄めぐり(3):かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄
 
地獄めぐり(4):血の池地獄、龍巻地獄
 
別府のすべてを見渡すガラスの箱:グローバルタワー
 
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別府八湯の中で最もディープな「明礬温泉」




マナブ:今日は「別府」を旅します。温泉、入るんですよね?


歴史先生:もちろんです。楽しみにしておいてくださいね。ところで別府にはたくさん温泉が湧き出ていて、それはなぜかという解説を「大分県の歩き方」の回でお話ししました。


マナブ:はい。火山、地下水、そして断層、でしたね?


歴史先生:そのとおり。断層に沿って「別府八湯」という温泉が湧いているわけですが、今日はその中でも最もディープな温泉地、「明礬温泉」に行きましょう。


マナブ:名前は聞いたことがありますが、行ったことがないです。



歴史先生:明礬温泉に行くついでに、少しだけ足を延ばして「十文字原展望台」へ行きましょう。


マナブ:いいですね。


十文字原展望台


十文字原展望台(地図 ❶)

〒874-0016 大分県別府市野田字池ノツル1200

見学自由

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.city.beppu.oita.jp/sisetu/sangyou_kankou/jumonjibaru.html 

 

マナブ:カーブ続きの山道を登って、テレビ塔のあるところに来ました。ここが十文字原展望台ですね。


歴史先生:はい、そうです。駐車場のとなりが展望台です。


マナブ:おぉー、これは絶景。


歴史先生:目の前に大きく広がるのが別府湾。右方向を見ると別府市街、その奥にある尖った三角形の「高崎山」、そして遠く大分市街が見えています。


十文字原展望台の看板


マナブ:あ、そうか。これって・・・


歴史先生:何ですか?


マナブ:十文字原展望台と書かれたこの丸っこい形の看板。別府から阿蘇山へ抜ける「やまなみハイウェイ」のあちこちにあるんです。子供のころよく見て印象に残っていました。単なる丸っこいデザインだと思っていたんですが、これって大分県の形じゃないですか?


歴史先生:あ、たしかにそのようですね。


マナブ:今になって初めて気が付きました。

 

別府湾SAと立命館アジア太平洋大学

 

歴史先生:左側には別府湾サービスエリアと、それに隣接する立命館アジア太平洋大学の広いキャンパスが見えています。

 

マナブ:立命館アジア太平洋大学って、たしかとても国際的な大学でしたよね?

 

歴史先生:はい。学生や教員の約半数が外国籍で、100か国にも及ぶ国々から留学生を受け入れています。

 

マナブ:それはおもしろい。大分に居ながらにして留学しているみたいな学生生活を送れそう。

 

みょうばん湯の里

 

 

みょうばん湯の里(地図 ❷)

〒874-0840 大分県別府市鶴見6組

入場無料

9:00~18:00、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://yuno-hana.jp/ 

 

マナブ:車で少し坂を下って、「みょうばん湯の里」にやってきました。

 

歴史先生:ここでは「湯の花」が採集されていて、おみやげの定番になっています。

 

マナブ:湯の花って、明礬(みょうばん)のことですか?

 

歴史先生:誤解されやすいのですが、両者は別物です。

 

マナブ:そうなんですか?

 

歴史先生:明礬は鉄とアルミニウムの硫酸塩で、消臭剤や食品添加物として使われます。湯の花は温泉成分が沈殿したもので、入浴剤として使われます。

 

マナブ:そうか。でもここは明礬と関係ある場所なんですよね?

 

歴史先生:ここ明礬温泉は、元々明礬を製造していた場所です。江戸時代前期、1664年に渡辺五郎右衛門という人が長崎の唐人から作り方を学んで、ここ別府で、日本で初めての明礬製造を始めました。

 

マナブ:それからずっとここでは明礬が造られてきた。

 

歴史先生:いえ、それが江戸時代には中国から安い明礬が大量に輸入されるようになって、渡辺五郎右衛門が立ち上げた事業はうまく行かなくなり、このあたりもすっかり荒れ果てたそうです。

 

マナブ:それがどうやって復活したんでしょう?

 

歴史先生:江戸時代の中頃の1725年、森儀助という日出町にいた庄屋さんがここで再び明礬製造に挑戦します。森儀助というのはここ「みょうばん湯の里」の創業家の祖先だそうですが。

 

マナブ:あ、そうなんですね。でも、どうやって中国産と競争したんでしょう? 徹底したコストダウン? それとも高品質?

 

歴史先生:後者ですね。森儀助は江戸幕府に働きかけて、彼の明礬が中国産よりも高品質であることを証明し、1730年についに中国産の輸入禁止までさせたそうです。

 

マナブ:すごい政治力だ。

 

歴史先生:森儀助は明礬を幕府の専売品にし、江戸、京都、大坂、堺に会所を設けて、明礬製造を独占して財を築いたそうです。明礬は薬品、火薬、染め物などで必要となる重要な資源だったので、当時はいいビジネスになったはずです。

 

湯の花小屋

 

マナブ:あ、これは「湯の花小屋」ですね。よく写真で見ます。

 

歴史先生:はい。

 

マナブ:で、明礬と湯の花はどう関係するんですか?

 

歴史先生:明礬を製造する際に、湯の花小屋で採集した湯の花を主要な原料として使うんだそうです。

 

マナブ:ということは、江戸時代からここで湯の花を採集していた?

 

歴史先生:はい、そうです。今では明礬は作っておらず、湯の花そのものが別府のお土産になっています。

 

小屋の中で作られる湯の花

 

歴史先生:見学できる湯の花小屋がありますので、中へ入って見ましょう。

 

マナブ:あったかい。

 

歴史先生:ここは地熱地帯。地下30㎝くらいに温泉が来ていて、あちこちで蒸気が噴出しています。そんな場所に石を敷き、その上に粘土を敷いて、藁ぶき屋根の小屋を建てます。そうすると地下から噴き出る蒸気が粘土の間を抜ける時に結晶となり、成長したものが湯の花、です。

 

マナブ:まさに自然の恵み、ですね。

 

歴史先生:このような小屋で湯の花を採集しているのは世界でもここだけ。 国指定の「重要無形民俗文化財」ならびに「重要文化的景観」に指定されています。

 

硫黄泉の手湯

 

歴史先生:ここで湧き出ている温泉は硫黄泉。pH2.2というとても酸性の強いお湯です。

 

マナブ:強い酸性ということは・・・

 

歴史先生:殺菌力が強い温泉です。ちょっとだけピリリと感じるかもしれません。ここには大露天岩風呂、そして湯の花小屋を模した貸切風呂があります。

 

マナブ:いいですね~。強い酸性のお風呂、入っていきましょう。

 

岡本屋

 

岡本屋

〒874-0840 大分県別府市明礬3組

8:30~18:30、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.jigoku-prin.com/ 

 

マナブ:「みょうばん湯の里」から坂を下ってすぐのところにある「岡本屋」に立ち寄りました。

 

歴史先生:ここは「地獄蒸しプリン」で有名なお店。それから道路の反対側には「明礬地獄」があります。湯の花小屋も併設されていて、明礬温泉の中でも人気のスポット。

 

明礬地獄

 

岡本屋の駐車場から明礬大橋を望む

 

マナブ:駐車場から見る景色、いいですね。

 

歴史先生:見えている大きな橋は「明礬大橋」と言います。東九州自動車道の橋なんですが、アーチ支間が235mという、完成当時(1989年)、東洋一と言われたコンクリートアーチ橋でした。

 

マナブ:すごい長さと高さ。そして別府湾と高崎山が背景に見えているのが美しい。

 

歴史先生:でも考えてみてください。ここは明礬温泉。

 

マナブ:あ、ひょっとして、コンクリートとかが腐食しそう。

 

歴史先生:そうなんです。硫化水素が吹き出して、強酸性の温泉水が流れるような場所に設置するわけですから、普通の工事ではありません。

 

マナブ:たしかどこかに行ったときに、似たような話があったかと。

 

歴史先生:福島県の吾妻山スカイラインにある「不動沢橋」、ですね。その工事では秋田県の玉川温泉でコンクリートの耐久試験を繰り返してなんとか建設にこぎつけました。

 

マナブ:あ、その話です。

 

歴史先生:明礬大橋の場合は湯の花小屋の中で10年にわたってコンクリートの耐久試験を行ったそうです。

 

マナブ:なるほど。温泉は恵みも大きいけど、建設・建築の観点から見ると実に厄介なものなんでしょうね。


ここは奇跡の温泉?! 一生に一度は体験したい「別府温泉保養ランド」

 

別府温泉保養ランド

 

 

別府温泉保養ランド(地図 ❸)

〒874-0840 大分県別府市明礬5

入浴料1,500円(中学生以下割引あり)

9:00~20:00(最終入場19:00)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://hoyoland.net/ 

 

マナブ:明礬温泉の一番下にある「別府温泉保養ランド」に来ました。

 

歴史先生:ここはまさに「奇跡の温泉」。他では味わえない、唯一無二のお風呂を体験して下さい。

 

マナブ:えっ、どんなお風呂だろう?

 

昭和レトロな雰囲気の玄関ロビー

 

マナブ:玄関ロビーに入りました。

 

歴史先生:ここは宿泊もできる施設です。右にあるフロントで入浴券を購入します。タオルも販売していますので記念に買うのもいいでしょう。

 

お風呂の案内図

 

歴史先生:こちらが案内図です。玄関ロビーはこの図の上の部分。そこから長い渡り廊下を通ってお風呂へ行きます。お風呂の建物に入るとすぐに休憩の和室。ここで入浴券を見せます。

 

マナブ:ふむふむ。

 

歴史先生:そしてお風呂のエリアに入るとすぐに「コロイド湯」。男性の場合、そこから地下通路を下りていくと室内の「泥湯」があります。成分が強いので小学生以下は入浴禁止です。

 

マナブ:ここは泥湯、なんですね。それにしても小学生以下は禁止、なんていうお風呂は初めて見ました。

 

歴史先生:そしてそこから外に出ると大きな露天の泥湯。さらに奥にもう1つ露天の泥湯があります。この奥のお風呂が特に泥が豊富なので、絶対おすすめなんです。ここで注意事項なんですが、露天風呂は男女の間の塀が途中までしかありません。

 

マナブ:えっ、なんで途中まで?

 

歴史先生:そこはよくわかりませんが、奥の露天に行くときに女性側から見えてしまいますので、ちゃんとタオルを巻くように、というのがここのマナーです。

 

マナブ:はい、わかりました。

 

 

お風呂へ続く渡り廊下

 

マナブ:泥湯に入っています。ほんとに、お風呂の底に白っぽい泥がたっぷりと堆積しています。これはいったい何なんでしょう?

 

歴史先生:鉱泥(こうでい)、とも呼ばれているのですが、腐植粘土層に温泉の噴気と地下水が混ざり合ってできたものです。ここの泥は「紺屋鉱泥」と呼ばれていて、血管を柔らかくして血圧を下げる効果が特に強いんだそうです。これはさまざまな治療にも応用されているとのこと。皮膚病やリューマチなどにも効くそうです。

 

マナブ:すごい効能があるんですね。こうやって底から手ですくうと、実に細かい粒子の泥だということがわかります。

 

歴史先生:乾燥するとパウダー状になるくらい、細かいんだそうですよ。

 

マナブ:あ、あぶない。今、欧米系のお客さんがお風呂の中でつまづいて転んでしまいました。本人は苦笑いなので大丈夫そうですが。

 

歴史先生:底が泥だらけなので足を取られやすいですね。つかまる手すりがありますので、それを頼りに移動しましょう。

 

マナブ:大分育ちの私が知らなかったのに、外国の人は最近ほんとうにいろんな場所を知っていますね。

 

地獄めぐり(1):坊主地獄

 

坊主地獄

 

 

坊主地獄(地図 ❹)

〒874-0842 大分県別府市小倉6

入場料400円(小人割引あり)

8:00~17:00、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://bouzujigoku.com/ 

 

マナブ:明礬温泉の山から下りて、「坊主地獄」に来ました。

 

歴史先生:ここからは別府観光の定番である「地獄めぐり」をしましょう。

 

林を通り抜けると地獄がある

 

坊主のような泥がぽこっと現れる

 

マナブ:ここは坊主のような頭がポコッ、ポコッと現れて、かわいらしい。

 

歴史先生:これもさっき別府温泉保養ランドで入った鉱泥、なんです。

 

マナブ:へぇー、これもそうなんだ。

 

歴史先生:坊主地獄の隣には鉱泥温泉があって、午前中のみ入浴ができるようになっています。

 

マナブ:それも良さそう。さすが別府。

 

歴史先生:さて、この坊主地獄。いつごろできたと思いますか?

 

マナブ:えーっと、数万年前くらい?

 

歴史先生:いえ、できたのは1498年。室町時代の中頃です。

 

マナブ:えっ、そんなに新しい?

 

歴史先生:はい。ここには延内寺という大きなお寺がありました。しかし1498年に日向灘を資源とするM7.0~7.5の大きな地震が発生。それに伴って突然、この場所が大爆発を起こしたんです。

 

1498年の爆発跡

 

マナブ:何でもないところが突然爆発?

 

歴史先生:それによって延内寺は住職と共に地中深くに飲み込まれてしまいました。その時の爆発の穴が残っています。

 

延内寺にあった十王尊像

 

マナブ:爆発の跡を覗き込んでいますが、結構大きな穴ですね。爆発後、ここはどうなったんですか?

 

歴史先生:その後、この一帯のあちらこちらから鉱泥が噴き出るようになりました。そして・・・・・その泥の中から、死んだはずのお坊さんの頭が・・・・

 

マナブ:うわぁー、怖い。さっき「かわいらしい」、と言いましたが、訂正します。

 

地獄めぐり(2):海地獄、鬼山坊主地獄

 

海地獄駐車場

 

 

海地獄(地図 ❺)

〒874-0045 大分県別府市鉄輪559−1

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.umijigoku.co.jp/ 

 

海地獄のチケット売り場

 

マナブ:海地獄の駐車場に入りました。

 

歴史先生:ここで7カ所の地獄の共通券を買いましょう。地獄めぐりのエリアは2つに分かれています。海地獄に代表されるここには5カ所。これらは徒歩で回れます。そして血の池地獄と龍巻地獄の2つが少し離れた場所にあって、そこへは車で行きます。

 

 

 

海地獄

 

マナブ:まずは海地獄です。コバルトブルーの美しい地獄です。

 

歴史先生:溶け込んでいる硫酸鉄によって青く見えるようです。涼し気な色ですが、その水温は98度もあるそうですよ。

 

マナブ:それは熱い。

 

歴史先生:この海地獄はいつできたと思います?

 

マナブ:さっきの坊主地獄は大ハズレでしたから・・・これも比較的新しい?

 

歴史先生:はい。平安時代の867年、鶴見岳が噴火した際にここから噴き出しました。

 

マナブ:地震や噴火の後に突然地獄が噴出するなんて、別府は怖い場所ですね。

 

赤池

 

歴史先生:見落とされがちなんですが、海地獄から少し登ったところには赤池があります。

 

マナブ:血の池地獄みたい。色が鮮やかで、ちょっと不気味です。

 

鬼石坊主地獄

 

 

鬼石坊主地獄

〒874-0000 大分県別府市鉄輪559−1

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://oniishi.com/ 


歴史先生:では次に、海地獄を出てお隣の「鬼石坊主地獄」へ行きましょう。

 

鬼石坊主地獄

 

泥の中から坊主頭が現れる

 

マナブ:ここは昔無かったような気がするのですが。

 

歴史先生:1962年から2002年まで40年間も閉鎖されていました。

 

マナブ:あ、それでか。

 

歴史先生:ここと区別するために、先ほど訪れた坊主地獄を「本坊主」と言うこともあります。こちらの鬼石坊主地獄はやや泥の色が白っぽくて、噴気の出方もやや弱めです。

 

マナブ:でも温度は高いんですよね?

 

歴史先生:これらの泥は99度もあるそうです。この鬼石坊主地獄ですが、いつできたのかははっきりしていません。奈良時代の733年に書かれた文献には記載があり、少なくともそれより前から存在していました。

 

マナブ:本坊主、よりも実はこちらのほうが古くからあったんですね。

 

地獄めぐり(3):かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄

 

かまど地獄


 

かまど地獄

〒874-0840 大分県別府市鉄輪621

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://kamadojigoku.com/ 

 

かまど地獄のシンボルの鬼

 

マナブ:海地獄の駐車場を抜けて、遊歩道を歩いて「かまど地獄」へ来ました。


歴史先生:ここは地獄のテーマパークのような場所。地獄の一丁目から六丁目まで、そして極楽もあります。

 

かまど地獄 三丁目

 

歴史先生:こちらは「かまど地獄 三丁目」。海地獄のようなきれいなコバルトブルーをしています。85度ほどあるそうです。


かまど地獄 五丁目

 

歴史先生:こちらは「かまど地獄 五丁目」。95度と熱い地獄で、青白い色やグリーンなど、年に数回色が変わる不思議な地獄です。

 

かまど地獄 六丁目

 

歴史先生:「かまど地獄 六丁目」は、95度の熱泥地獄。以前は灰色でしたが、鉄分の影響なのか、最近赤っぽくなってきたそうです。

 

マナブ:狭い敷地内にまったく違う種類の地獄がぎっしり。ここは不思議な場所ですね。

 

鬼山地獄


 

鬼山地獄

〒874-0041 大分県別府市鉄輪625

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.beppu-jigoku.com/oniyama/ 

 

マナブ:かまど地獄から道路を挟んだ向かい側、鬼山地獄に来ました。

 

歴史先生:ここは別名「ワニ地獄」。1923年(大正12年)から温泉熱を利用したワニの飼育がされていて、現在70頭もいるそうです。

 

マナブ:関東大震災の年だ。

 

歴史先生:そうですね。


鬼山地獄

 

マナブ:中に入ると大きな池があって、湯気がもうもうと立っています。

 

歴史先生:ここは99度。地獄めぐりの中でも最も熱い地獄です。すごい熱気ですね。奥にはマレーシアから移築された建物があって、ワニのはく製などが展示されています。

 

ワニの飼育

 

マナブ:お隣の池にはたくさんのワニがいます。じーっとして動かないところがかえって不気味。それにしても1頭ずつが非常に大きい。こんなのと自然の川で出会ったら、と思うとゾッとします。

 

白池地獄



 

白池地獄

〒874-0041 大分県別府市鉄輪283−1

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://shiraikejigoku.com/ 

 

歴史先生:このエリアの最後は「白池(しらいけ)地獄」です。ここは海地獄とならんで国指定名勝になっています。

 

マナブ:ここは名前の通り白っぽい池、ですね。かまど地獄、鬼山地獄と比べて上品な感じです(失礼!)。

 

白池地獄

 

歴史先生:この白池地獄ですが、1931年(昭和6年)に創業者が掘ったもの。吹き出した温泉を池に溜めると青白い色になるのが面白いということで、庭園として整備しました。

 

マナブ:ここは自然にできたものではない?

 

歴史先生:はい、そうです。

 

マナブ:坊主地獄とか海地獄のように、地震や噴火で突然噴出するものもあれば、人が温泉を掘ってできたものもあるんですね。

 

いでゆ坂

 

歴史先生:ところで、白池地獄から東へつながる緩やかな下り坂の道は「みゆき通り」「いでゆ通り」といって、鉄輪温泉のメインストリート。温泉旅館が建ち並び、地獄蒸しや蒸し風呂などがある、まさに「ザ・温泉街」です。

 

マナブ:鉄輪温泉に泊まるときは、ここをそぞろ歩きしたいですね。

 

地獄めぐり(4):血の池地獄、龍巻地獄



歴史先生:地獄めぐりは海地獄を中心とするエリアと、車で5分ほど走った先にある、血の池地獄/龍巻地獄があるもう1つのエリアに分かれています。


マナブ:ここは車移動が便利。バスもあるようですが、時間が制約されるのであまり良くありませんね。


歴史先生:途中を楽しめるのも車の利点。今日は「湯けむり展望台」というところに立ち寄りましょう。


湯けむり展望台からの眺め


マナブ:丘の上の住宅地の端っこ、ちょっとした展望台の施設があります。あ、ここからの景色はよく写真で見ますね。


歴史先生:この丘は大観山、と呼ばれています。名前の通り、鉄輪温泉から立ち上る湯けむりが一番きれいに見える場所。背景に三角に広がる扇山の草原も印象的です。


別府湾にかかる虹


マナブ:今日は先ほどから天気雨。こんな日は虹が出るかな、と思っていたら、やはり出ました。


歴史先生:海地獄から血の池地獄へ向かう途中、右側にある大きな土産店「南光物産」さんに立ち寄りましょう。そこの駐車場から別府湾の眺めが見事。今、ちょうどそこに虹がかかっています。


血の池地獄



血の池地獄(地図 ❻)

〒874-0016 大分県別府市野田778

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://chinoike.com/ 

 

マナブ:血の池地獄に着きました。道路沿いに広い駐車場があります。

 

歴史先生:ここは「日本で一番古い天然の地獄」と謳っています。

 

マナブ:ん? 何をもって一番古い、と言っているのでしょう?

 

歴史先生:恐らくは文献で確認できる一番古い地獄、ということだと思います。

 

マナブ:古い文献にここが出てくるんですね?

 

歴史先生:はい。豊後風土記に出てきます。

 

マナブ:奈良時代かな?

 

歴史先生:そうですね。豊後風土記は720~740年頃に完成したと考えられています。当時は大和朝廷が全国を統一したばかりで、各国の事情を調査して書物にまとめるべく、各国の風土記が作られました。

 

マナブ:日本書紀ができたのはいつでしたっけ?

 

歴史先生:720年です。

 

マナブ:ではそのすぐあとくらい。そんな古い文書が残っているんですね。

 

歴史先生:実は風土記が残っているのはわずか5ヶ国。豊後、出雲、播磨、肥前、常陸、のみです。原本ではなく後世の写本が残っています。他の国の風土記はその記述の一部が他の文献に引用されていることで残っているものもあります。

 

マナブ:へぇー、大分県人なのに知りませんでした。豊後風土記って、そんな貴重なものだったんですね。で、豊後風土記の中に、どんなふうに書かれているんでしょう?

 

歴史先生:「近寄りがたい忌み嫌われた土地」として紹介されています。

 

マナブ:まさに地獄。

 

酸化鉄、酸化マグネシウムによって赤く見える

 

歴史先生:では、中へ入りましょう。お土産店を抜けると広場になっていて、血の池地獄があります。

 

マナブ:池が大きい。昔来た時の印象より、なんだか広い気がします。昔は池のそばまで建物があったような記憶があるのですが。


 

歴史先生:はい、たしかに以前は池のすぐそばまで建物があったようです。

 

マナブ:赤いのは酸化鉄のせいでしょうか?

 

歴史先生:はい、酸化鉄、そして酸化マグネシウムを豊富に含んだ熱泥が湧きだして堆積しているため、赤く見えています。温度はそれほど高くなく、78度ほどです。

 

裏手の展望台に登ってみよう

 

歴史先生:池の裏手にある展望台に登ってみましょう。

 

マナブ:おぉ、ここはよく見える。すごい迫力ですね。

 

歴史先生:血の池地獄のお土産といえば「血の池軟膏」。ここでしか売られていません。血の池地獄の赤い泥から作られたもので、硫黄を含んだ強い殺菌力があり、皮膚病に効くそうです。

 

マナブ:この熱泥も役立っているんですね。

 

歴史先生:そういえば、別府市内にある古墳では石室の内部の壁が赤く塗られていて、それにも血の池地獄の熱泥が使われていることがわかったそうですよ。

 

龍巻地獄

 

龍巻地獄(地図 ❻)

〒874-0016 大分県別府市野田782

入場料2,400円(7地獄共通券)(中学生以下、障がい者、団体割引あり)

8:00~17:00、無休(7地獄共通)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.beppu-jigoku.com/tatsumaki/ 

 

マナブ:血の池地獄のすぐお隣、龍巻地獄へ来ました。

 

歴史先生:海地獄、白池地獄、血の池地獄、そしてこの龍巻地獄が国指定名勝となっています。

 

龍巻地獄の観覧席

 

マナブ:別府の地獄の多くはお土産屋さんを通らないとたどり着けない構造になっています(笑)。

 

歴史先生:そうですね(笑)。ここも例外ではなく、お土産屋さんを通り抜けた先に地獄があります。

 

マナブ:観覧席のようなものがあって、みなさん座って待っていますね。

 

歴史先生:龍巻地獄は間欠泉。約30~40分の間隔で吹き上がります。

 

マナブ:結構長いなぁ。

 

歴史先生:有名なアメリカのイエローストーン国立公園の間欠泉は1時間半くらいの間隔です。ここ別府の龍巻地獄は間隔が短いことで知られているんです。

 

マナブ:あ、そうなんですね。

 

噴出の様子

 

マナブ:あ、噴出が始まりました。ゴーッという音を立てて、激しく噴気が上がっています。

 

歴史先生:今は上に石の屋根がついていますが、あれがなければ50mくらい噴き上げるんだそうです。狭い場所で危険防止のため、屋根で受け止めていますが。

 

マナブ:熱いんでしょうね。

 

歴史先生:地中では150度まで上がり、地上に出る時も100度を超えているそうです。

 

別府のすべてを見渡すガラスの箱:グローバルタワー

 

グローバルタワー

 


 

グローバルタワー(地図 ❼)

〒874-0828 大分県別府市山の手町12−1

入場料300円(小人、団体、障がい者割引あり)

9:00~21:00(3~11月)、9:00~19:00(12~2月)、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://www.b-conplaza.jp/ 

 

マナブ:別府市の中心部にある国際会議場「ビーコンプラザ」。そこに立つ「グローバルタワー」に来ました。

 

歴史先生:ここは面白いデザインですね。丸い支柱の中に高速のエレベーターがあって、高さ100mの最上階に小さなガラス箱のような展望台がちょこんと乗っています。

 

マナブ:昔ここはなかったんですが、いつできたんでしょう?

 

歴史先生:1995年(平成7年)に完成しました。設計したのは大分市出身の磯崎新さん(1931-2022)。

 

マナブ:名前は聞いたことがあります。

 

歴史先生:丹下健三のもとで建築を学び、1970年の大阪万博のお祭り広場を始め、大分県立大分図書館、つくばセンタービル、ロサンゼルス現代美術館などが主な作品です。

 

展望台

 

マナブ:上に上がってきました。わぁ、わりと小さなガラス箱。

 

歴史先生:四方が全部ガラスで、すばらしい見晴らしですね。

 

別府市内と高崎山

 

歴史先生:メインになるのは東側。別府市内を見下ろす方角でしょう。

 

マナブ:高崎山、その向こうに大分市街。別府の中心部には別府タワーが見えています。

 

国東半島方面を見る

 

歴史先生:少し目を左に移すと、別府港のエリアになります。先ほどの虹がまだ残っていて、ちょうそのあたりに「さんふらわぁ号」が停泊しています。

 

マナブ:別府と関西を結ぶ大型のフェリーですね。


歴史先生:そしてその向こうには国東半島が広がっています。

 

南側の眺め:別府ケーブルラクテンチが見える

 

歴史先生:南側には山の上に「別府ケーブルラクテンチ」が見えています。

 

マナブ:子供のころ、友達と行った記憶があります。ここは古くからありますよね?

 

歴史先生:1929年(昭和4年)開業の歴史ある遊園地です。当初からケーブルカーがありました。1950年(昭和25年)に始めた「あひるの競争」がいまでも人気です。

 

別府の山並みと観海寺温泉

 

歴史先生:今度は北側を見てみましょう。(写真中央左に)観海寺温泉が見えています。断層になっているの、わかりますか?

 

マナブ:あ、ほんとだ。断層の上に並んでいる大きな建物群は杉乃井ホテルですね。

 

歴史先生:はい。別府を代表するホテルです。1944年(昭和19年)に旅館としてスタートし、その後、演芸場やプール、大浴場などのレジャー施設を充実させ、3,000名近い収容能力を誇る巨大ホテルに成長しました。

 

マナブ:以前は「スギノイパレス」と言っていたような・・・。

 

歴史先生:1967年からその名称が使われていましたが、今ではORIXグループの傘下になり、「杉乃井ホテル」という名称を使っています。

 

マナブ:奥に見える高い山が鶴見岳。その右にある草原が扇山。別府の山並みはやっぱりきれいですね。


改易された大友義統はそれで終わらなかった:石垣原での黒田官兵衛との決戦

 

石垣原と実相寺山

 

歴史先生:グローバルタワーから見て北側。白い仏舎利塔が立つ山が見えますか?

 

マナブ:はい。

 

歴史先生:あそこは「実相寺山」というのですが、その手前に広がっている石垣原(いしがきばる)で起きた、「石垣原の戦い」で黒田軍が陣を張ったところです。

 

マナブ:石垣原の戦いって?

 

歴史先生:1600年9月13日、黒田官兵衛(如水)と大友氏の間での戦いです。

 

マナブ:1600年9月というと、たしか関ケ原の戦いもその月じゃなかったでしたっけ?

 

歴史先生:その通りです。関ケ原の戦いは9月15日ですから、そのわずか2日前です。

 

マナブ:どういった戦いだったんでしょう?

 

歴史先生:大友宗麟が亡くなって後を継いだ大友義統(よしむね)が朝鮮出兵に出て、そこでの失態に秀吉が激怒して改易になった、という話をしましたね。

 

マナブ:はい、覚えています。

 

歴史先生:でも実は、大友義統はそれだけでは終わらなかったんです。1598年、秀吉が亡くなります。改易後、大友義統は毛利や佐竹に預けられていましたが、秀吉がいなくなると赦免され、自由の身になりました。

 

マナブ:それからどうしたんでしょう?

 

歴史先生:1600年6月に家康軍は会津の上杉討伐に出兵。そのスキを突くべく、7月に石田三成が挙兵しました。そして8月。大友義統は豊臣秀頼から鉄砲300丁を与えられ、豊後を目指します。

 

マナブ:瀬戸内を通っていくわけですね。西軍の大将、毛利の地元を通っていくわけだ。

 

歴史先生:はい。途中、大友義統の元の家臣であった吉弘統幸(よしひろ むねゆき)に会い、徳川方へ付くよう説得されますが、大友義統はこれを拒み、西軍として戦うことを変えようとしません。吉弘統幸は勝てる見込みが少ないと知りながら、やむなく西軍として大友義統と行動を共にすることになります。

 

マナブ:吉弘統幸さん、とは?

 

歴史先生:吉弘家は大友氏に仕えた重臣の家。戦国最強の武将とも言われて人気のある立花宗茂との従兄弟(いとこ)。大友義統が改易された後、吉弘統幸は立花宗茂の元に身を寄せ、2,000石を拝領し、朝鮮出兵でも数多くの武功を上げた猛将です。

 

マナブ:頼りになる部下を得ましたね。

 

 

歴史先生:さて、9月8日の夜中、大友義統は別府の浜脇に上陸します。別府の南、「立石」に陣を張り、そこから檄を飛ばしてかつての家臣たちを集めました。そして9月10日には吉弘統幸を大将として杵築城を攻めます。

 

マナブ:ふむふむ。

 

歴史先生:一方、中津城を拠点に豊前を治めていたのが黒田官兵衛(如水)。息子の黒田長政は家康に帯同して関ヶ原で戦っていますが、父である黒田官兵衛もこの時とばかり、杵築城救援にかこつけて豊後に攻め下ります。そして黒田勢は実相寺山に布陣し、一触即発の状態になりました。

 

マナブ:別府がまさに決戦の場になったんですね。

 

歴史先生:はい。9月13日、大友方の吉弘統幸が攻めかかりますが、反攻を受けて撤退。それを追いかけた黒田勢でしたが、それは吉弘統幸の罠でした。逆に深追いした黒田勢を叩き、大損害を与えます。

 

マナブ:ん? 大友氏が勝ちそう?

 

歴史先生:しかしそこに黒田勢の2番手の援軍が到着して戦況は逆転。吉弘統幸も戦死し、大友軍の敗北となりました。

 

マナブ:あぁ、そうでしたか。大友義統は?

 

歴史先生:大友義統は降伏し、黒田勢に捕らえられました。その後大坂、そして常陸国へと移送、幽閉され、1605年に亡くなっています。

 

マナブ:勝った黒田官兵衛はどうなりましたか?

 

歴史先生:黒田官兵衛は石垣原の勝利の勢いそのままに豊後の城をいくつか落とし、その後は反転して北上。毛利方が持っていた小倉城を落とします。豊後、豊前を席巻したのですが、関ヶ原の戦いに勝った家康は官兵衛のそれ以上の侵攻を止めさせました。

 

マナブ:たしかこの乱れを突いて黒田官兵衛は天下を取ろうとしていた、というような話を聞いた覚えがありますが。

 

歴史先生:はっきりしたことはわかりませんが、そういった説もあるようです。家康が黒田官兵衛を警戒していたことは事実のようですね。関ヶ原の後、黒田家を筑前福岡へ動かし、52万石の大名として遇しました。

 

マナブ:なるほど。石田三成と徳川家康の戦いは関ヶ原だけではなかったんですね。ここ別府でも大友氏と黒田氏が決戦を行っていた、というのは初めて知りました。

 


60歳を過ぎてからの活躍がすごい。別府温泉を一大観光地にした偉人: 油屋熊八とは?

  

別府駅前にある油屋熊八の像

 


マナブ:別府駅にやってきました。駅前に変わった銅像がありますね。バンザイしている男の人の後ろに小さな子供がしがみついています。何かのアート?

 

歴史先生:いえ、これは油屋熊八の像です。

 

マナブ:誰ですか?

 

歴史先生:大分県人でも知りませんか・・・。この人は別府観光の父、と呼ばれた人。別府を今のような観光都市に発展させた功労者です。

 

マナブ:それは失礼しました。

 

歴史先生:この人は面白い人ですよ。1863年(明治維新の5年前)、宇和島市の生まれ。若いころは目立った動きはありませんが、30歳になって大阪へ出て相場師として財産を築きます。しかし相場に失敗して全財産を失いました。

 

マナブ:はげしいアップダウン。

 

歴史先生:35歳でアメリカに渡り、キリスト教の洗礼を受けます。

 

マナブ:まだ明治の中頃ですね。アメリカに行く人なんてほとんどいなかった。

 

歴史先生:そうですね。そして38歳で帰国。奥さんが滞在していた別府に来て、ここの温泉の可能性にチャンスを見出します。48歳になったとき、アメリカで学んだ「旅人をねんごろにせよ」という新約聖書の教えに基づいて「亀の井旅館」を開業しました。

 

マナブ:今の亀の井ホテル、ですね?

 

歴史先生:そうです。60歳の時、旅館を改装して洋風にし、亀の井ホテル、としました。

 

マナブ:もうこの時点で60歳。ここからまだ話が続くんですか?

 

亀の井ホテル 別府

 

歴史先生:60歳を過ぎてからの彼の活躍がすごい。別府を温泉地として有名にするため、いろんなアイディアを出します。61歳の時、「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを作って、富士山頂に大きな看板を建てます。

 

マナブ:それは話題になりそう。

 

歴史先生:建設する予定はさらさら無いところにでも「別府温泉 亀の井ホテル建設予定地」という看板を全国あちこちに建てて回ったとか。

 

マナブ:それは変に目立ちますね。面白い話のネタとして話題になりそう。

 

歴史先生:やまなみハイウェイの構想を提唱し、自らもその途中の長者原にホテルを建てました。また、別府ゴルフリンクスという「温泉+ゴルフ」の保養施設を作っています。また、朝日新聞社が「新日本八景」を募集した際には別府市民に大量のハガキを配って投票を呼びかけ、別府が1位になったとか。

 

マナブ:別府が有名になるためには何でもあり、ですね。

 

歴史先生:64歳の時、「亀の井自動車」を設立。日本で初めての女性バスガイドをつけて、地獄めぐりをする定期観光バスが大ヒット。

 

マナブ:女性バスガイドさん、というのはこれが元祖でしたか。

 

歴史先生:はい。髪がなく光る頭に真っ赤なネクタイ。「ピッカピカのおじさん」という愛称で親しまれました。その後も別府の宣伝に努めますが、1935年(昭和10年)に71歳で亡くなりました。今でこそ観光宣伝は都道府県や市町村が税金を使って行ったりしますが、その当時はそう言う考え方はなく、油屋熊八が私財をなげうって別府の発展に貢献したことで、今の別府があります。

 

マナブ:観光都市別府、の恩人なわけですね。

 

歴史先生:その功績を与えて、2007年に作られたのがこの銅像、というわけです。

 

マナブ:そういえば最近、あちこちに「亀の井ホテル」というのができていませんか?

 

歴史先生:そうなんですよ。2015年にマイステイズ・ホテル・マネジメントが亀の井ホテルの運営を始めましたが、その後「かんぽの宿」を買収。全国にあった「かんぽの宿」を次々に「亀の井ホテル」にリブランドして開業しています。

 

マナブ:なるほど、そういうことでしたか。

 

別府市の中心にある別府温泉を歩こう

 

駅前通り

 

 

マナブ:別府駅から東へ歩いています。

 

歴史先生:このあたり、ホテルや郷土料理の店など、にぎやかなところ。こんな駅前通りにも由緒ある温泉があります。「別府高等温泉」。

 

別府高等温泉

 

別府高等温泉

〒874-0935 大分県別府市駅前町13−14

入浴料250円

8:00~23:00、第1月曜休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://onsendo.beppu-navi.jp/y7/ 

 

マナブ:レトロな建物ですね。

 

歴史先生:1924年(大正13年)に地元の市民の寄付で出来た大正時代の洋館建築の温泉。入浴料が安くて、しかも2階の大広間は1泊3,000円で泊まることもできます。中は広くはありませんが、あつ湯とぬる湯の2種類の温泉が楽しめます。

 

やよい天狗

 

マナブ:商店街を歩いていると突然大きな天狗のお面がありました。

 

歴史先生:「やよい天狗」と呼ばれています。このあたりはかつての街道が交わる交通の要所。火災厄除けとして天狗を祀るようになったそうです。

 

 

竹瓦小路(近代化産業遺産)

 

マナブ:竹瓦温泉の近くに何となく味わいのある古い路地があります。

 

歴史先生:上を見てください。「近代化産業遺産」と書かれていますね。ここは1921年(大正10年)にできた、日本最古のアーケード商店街。

 

マナブ:えっ、ここが最古?

 

歴史先生:木枠の屋根にガラスをはめています。ここは別府港に着いた観光客が竹瓦温泉へ雨にぬれずに行けるようにした商店街です。当時はお土産屋さんが軒を連ねて、大変な賑わいでした。

 

マナブ:別府港はこの近くにあった?

 

歴史先生:はい。今ではもっと北側の国際観光港が海の玄関口ですが、それ以前はこのあたりが港でした。現在はヨットハーバーになっています。

 

明治の創業。まるで高級旅館のようにレトロで優美な「竹瓦温泉」

 

竹瓦温泉(正面玄関より左側が砂湯の部屋)

 

 

竹瓦温泉(地図 ❽)

〒874-0944 大分県別府市元町16−23

入浴料300円

6:30~22:30、第3水曜休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://www.takegawara-onsen.com/ 

 

マナブ:さて、お目当ての竹瓦温泉に着きました。

 

歴史先生:ここは砂湯もできるんです。窓口で予約が取れるかどうか聞いてみましょう。

 

マナブ:残念ながら本日はすでにいっぱい、だそうです。

 

歴史先生:そうでしたか。では通常の入浴で。料金300円と、ここも格安です。

 

竹瓦温泉(正面玄関より右手が浴室)

 

マナブ:それにしても風格のある建物です。

 

歴史先生:ここは1879年(明治12年)創業。当初は竹屋根葺きで、その後改築されて瓦ぶきになったことから竹瓦温泉と呼ばれるようになりました。

 

マナブ:駅前高等温泉よりもさらに古い歴史があるんですね。

 

歴史先生:現在の建物は1938年(昭和13年)のものです。正面玄関の唐破風、がみごとですね。

 

夜の竹瓦温泉

 

歴史先生:竹瓦温泉、どうでした?

 

マナブ:わりと中は広くて天井高の空間に階段で下りていくようなところでした。レトロな浴槽でゆっくりできました。それからタオルを買ったので、安価でよい記念になりそうです。

 

波止場神社

 

 

歴史先生:観光地ではありませんが、竹瓦温泉の裏手(北側)に「波止場神社」があります。

 

マナブ:こじんまりした神社ですが。

 

歴史先生:1870年(明治3年)に当時日田県知事だった松方正義がここに別府港の築港を提案し、その年波止場神社が建てられました。松方正義はその後、内閣総理大臣にまで上り詰めています。

 

マナブ:なるほど。

 

歴史先生:そしてこのすぐ近くに実家があったのが西鉄ライオンズの大投手、稲尾和久。

 

マナブ:「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれて日本シリーズで巨人相手に3連敗の後、4連投4連勝。

 

歴史先生:はい、稲尾さんのお父さんは漁師で、ここから海に出ていたそうです。稲尾さん自身はここの波止場神社の境内を遊び場にしていたとか。

 

マナブ:松方さんも稲尾さんも大物ですね。

 

歴史先生:そうなんです。ですのでここは「出世神社」とも呼ばれています。

 

北浜交差点

 

マナブ:駅前通りが国道10号線に交わる別府の中心、北浜交差点にやってきました。角にはトキハ百貨店の別府店があります。

 

歴史先生:北浜にはホテルが集中しています。それから別府タワーもよく見えますね。

 

別府タワー

 

別府タワー

〒874-0920 大分県別府市北浜3丁目10−2

入館料800円(高校生以下、団体割引あり)

9:30~21:30(最終入場21:00)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

http://bepputower.co.jp/ 

 

マナブ:ここはレトロ感のあるタワーですよね。

 

歴史先生:別府タワーは実は東京タワーより早く建てられたって、知ってました?

 

マナブ:えっ、そうなんですか?

 

歴史先生:1957年(昭和32年)、東京タワーができる前年に完成しました。 タワーの高さは100m。展望フロアは55mのところにあります。ところで、「タワー6兄弟」というのがあって、さっぽろテレビ塔、東京タワー、名古屋テレビ塔、通天閣(2代目)、博多ポートタワー、そしてこの別府タワー。すべてほぼ同じ時期に建てられました。

 

マナブ:日本を代表する5大都市圏+別府、というのは、なんとなく誇らしい気がしますね。

 

歴史先生:ほとんどはテレビ用の電波塔で、別府タワーもその予定だったのですが、テレビ局は十文字原にテレビ塔を建てたため、テレビ塔としての役割は果たせませんでした。

 

マナブ:えーっ? それではちょっとタワーの経営が心配になります。

 

歴史先生:1960年代には年間100万人を集める一大観光地でしたが、その後衰退。経営母体を何度か変えながら、何とか現在も続いています。

 

おすすめのホテル

御宿 野乃別府

 

別府駅前の便利なロケーションに建つ、新しくて温泉を楽しめるホテル。ドーミーイン グループの高級ブランド。


ホテル外観

 

選んだ理由:

立地:別府のビジネスホテルは北浜か別府駅付近に集中していてどこもアクセスが良い。このホテルも駅前の素晴らしい立地。

温泉:広い展望風呂や別府八湯を模した貸切風呂など、お風呂が自慢。

内装:Webサイトなどを見る限り、とても新しくてきれい。

サービス:夜鳴きそば、風呂上がりのアイスなどがある。

価格:ビジネスホテルとしてはやや高め。

 

実際に泊まってみた感想:

立地:レンタカーを利用したが、その場合、車はホテル裏の立体駐車場に預ける形。

温泉:大浴場は海側を向いていて、左に別府タワー、右に高崎山を見つつ、別府湾の景色が眼前に広がるすばらしい絶景風呂。サウナも完備されている。別府八湯を模した貸切風呂は予約できないので、浴室入口の前のベンチで少し並んで、空くのを待つ必要あり。

内装:ホテルに入るとすぐに靴のロッカーを案内される。靴を入れて、あとはすべて館内は素足。畳敷きで気持ちがいい。

部屋:とてもシンプルできれい。畳敷きに低いベッド。

サービス:22:00~23:00の間、1階レストランで夜鳴きそばが食べられる。また風呂上がりには夜はアイス、朝は乳酸菌飲料が置かれている。いずれも無料。

 

館内はロビーも廊下もすべて畳敷き。玄関で靴を靴箱に入れ、その後は素足で歩く。

 

和の要素がふんだんに入った、シンプルな部屋

 

名物「夜鳴きそば」

 

一休のサイト

https://www.ikyu.com/00082542/

 

 

おすすめのレストラン

大分の郷土料理を駅ナカで楽しめる:豊後茶屋

 

別府駅にある「えきマチ1丁目」。豊後茶屋はこの中にある。

 

「せっかく別府に来たなら、大分県の郷土料理を色々食べたい。手軽に食べられるところはないだろうか」、という趣旨でお勧めできるお店の1つは別府駅の中にある「豊後茶屋」。

 

実際に行ってみた

 

別府駅にある「えきマチ1丁目」。お土産店などをすぎて奥に入ったところに豊後茶屋がある。

 

店舗外観

 

ここでの売りは大分の郷土料理。「1回しかないなら全部少しずつ試してみたい」という人にお薦めなのが豊後満喫定食(取材当時1,980円)。だんご汁、とり天、鶏飯、やせうまなどがセットになった定食メニュー。いずれも大分を代表するもので、郷土料理を十分に満喫できた。

 

豊後満喫定食

 

豊後茶屋のサイト

https://www.ekimachi1.com/beppu/floor/bungochaya 

 

 

​歴史好きのための観光ガイド
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