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白浜 熊野三山_1.jpg
登場人物:
・マナブ: IT業界ビジネスマン。最近、歴史に興味を持つようになり、ただいま勉強中。
・歴史先生:歴史に詳しい街歩きの達人。マナブと一緒に旅をする。
苦行、というより自殺行為? 世界遺産 補陀落山寺の謎
 
熊野三山をまとめてお参り? 世界遺産 熊野三所大神社(浜の宮王子)
 
熊野古道で最も美しい? 大門坂
 
太古から崇拝されてきた神々しいお姿のご神体:那智の滝
 
4世紀に開かれ、豊臣秀長が再建した世界遺産:青岸渡寺
 
那智の滝の前から遷された世界遺産:熊野那智大社

 

 

苦行、というより自殺行為? 世界遺産 補陀落山寺の謎

 

補陀落山寺 本堂 (世界遺産)

 

 

 

マナブ:串本から紀伊半島をぐるっと回って北上。太地、勝浦を抜けて、那智にやってきました。

 

歴史先生:ここ那智は那智の滝、熊野那智大社などで有名ですが、まず訪れたいのは補陀落山寺(ふだらくさんじ)です。お寺の前の駐車場に停めましょう。

 

補陀落山寺(地図 ❶)

拝観無料

8:30~16:00、無休

〒649-5314 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮348

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://fudarakusanji.or.jp/ 


マナブ:境内に入りました。ここはどういうお寺なんでしょう?

 

歴史先生:まずは入ってすぐ、左手にある展示を見てください。

 

補陀落渡海船(復元)

 

マナブ:これは船の模型、ですか?

 

歴史先生:いえ、これで実物大です。

 

マナブ:何のための船でしょう?

 

歴史先生:これは「補陀落渡海」のための船を復元したもの。

 

マナブ:ふだらくとかい?

 

歴史先生:はい。補陀落渡海とは、観音菩薩の慈悲にあずかろうと、観音菩薩の浄土があると言われる補陀落山へ海を渡って行くことです。

 

マナブ:それはどこにあるのでしょう?

 

歴史先生:南の海の彼方にある、とされていました。そのため、ここ那智の浜から南へ向けて、舟をこぎ出して行ったんです。

 

マナブ:いつ頃の話ですか?

 

歴史先生:補陀落山寺に残る石碑によると、平安時代の868年から江戸時代の1722年まで、20回以上行われたようです。

 

マナブ:ずいぶん長い間続いたんですね。でもそれって、ただ死にに行くようなものでは?

 

歴史先生:江戸時代の最後の数回については、亡くなった僧侶の亡骸を海に流したのだそうですが、それ以前は生きたまま、でした。この船をよく見てください。中央の家のようなところ、ここは外から釘を打ち付けられた密閉空間なんです。

 

マナブ:出られない・・・

 

歴史先生:部屋の中には、わずかな食料と水、灯のための燃料があるだけ。

 

マナブ:うわー、きびしい。あれ? 今さらながら気づいたんですが、仏教の話をしているはずなのに、船には派手な鳥居がついていますよ。

 

歴史先生:いいポイントです。そこが熊野信仰の特徴の1つで、神仏習合の性質を強く持っているんです。

 

那智参詣曼荼羅

 

歴史先生:室町時代後期から江戸時代初期にかけて、「那智参詣曼荼羅」というのが作られました。現存しているだけでも36種類確認されていて、これは参詣曼荼羅としては突出して多い数なんです。

 

マナブ:富山県の立山に行ったとき、立山信仰の曼荼羅がありましたね。あれと似たようなものですか?

 

歴史先生:まさにそうです。熊野比丘尼、という女性の聖職者たちがこの曼荼羅を使って全国を回り、寄付を集めたんです。曼荼羅の下の方、海になっていますね。ここに鳥居を付けた補陀落渡海の船の絵があります。

 

マナブ:あ、ほんとだ。後ろに付いているのは関係の人たちが見送っているのかな?

 

那智参詣曼荼羅に描かれた補陀落渡海船

 

補陀落山寺 本堂 (世界遺産)

 

歴史先生:では本堂をお参りしましょう。

 

マナブ:立派な建物です。

 

歴史先生:かつては大伽藍がありましたが、江戸時代の1808年の台風で倒壊し、現在の建物は1990年(平成2年)の新しいものです。

 

マナブ:元々は古くからあったお寺ですよね?

 

歴史先生:はい。仁徳天皇の在世(313~399年)にインドから船で流れ着いた裸形上人(らぎょうしょうにん)によって開かれたお寺です。

 

マナブ:ちょっと待ってください。それってものすごく古い。仏教伝来ってもっと後ですよね?

 

歴史先生:仏教伝来は538年、と言われています。

 

マナブ:それよりずっと前に、しかも仏教の本場インドから直接伝わるなんて。

 

歴史先生:この裸形上人という方は、補陀落山寺だけでなく、これから行く青岸渡寺も開いた人なんです。現在、補陀落山寺は青岸渡寺の別院、という形になっています。

 

マナブ:裸形上人という人はよほどこの地を気に入ったのかな?

 

歴史先生:彼は那智の滝で修業し、観世音を感得したのだそうです。ここ補陀落山寺には平安時代に作られた高さ170㎝の千手観音像が残っています。

 

マナブ:今日は見れますか?

 

歴史先生:いえ、秘仏になっていて、年3回開帳されます。

 

マナブ:でも「裸形」って変わった名前ですが、いつも裸で歩いていたんでしょうか?

 

歴史先生:裸、またはごく薄い布だけをつけて修行されていたことから、こんな名前になったようなんです。

 

熊野三山をまとめてお参り? 世界遺産 熊野三所大神社(浜の宮王子)

 

熊野三所大神社(浜の宮王子)

 

マナブ:ところで、曼荼羅には浜辺に大きな鳥居が立っていて、立派な神社がありますが。

 

歴史先生:これは熊野三所大神社(くまのさんしょ おおみわやしろ)、通称「浜の宮王子」です。これも世界遺産。補陀落山寺の奥にありますので、行ってみましょう。

 

熊野三所大神社(浜の宮王子)(世界遺産)

 

マナブ:補陀落山寺のすぐお隣ですね。

 

歴史先生:はい、かつては一体のものでしたが明治の神仏分離でお寺と神社に分かれました。

 

マナブ:「三所」というのはどういう意味ですか?

 

歴史先生:熊野三所権現のことを示していて、それは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山に祀られる祭神のこと。

 

マナブ:ここにはその三体が祀られていると?

 

歴史先生:そうなんです。まとめると、こうなります。

 

熊野本宮大社 (家都美御子大神・けつみみこおおかみ): 阿弥陀如来(スサノオ)

熊野速玉大社 (熊野速玉大神・くまのはやたまおおかみ): 薬師如来(イザナギ)

熊野那智大社 (熊野夫須美大神・くまのふすみおおかみ): 千手観音(イザナミ)

 

それぞれの神様は、右の仏様が現世で姿を変えて現れたもの、とされています。

 

マナブ:あ、ここ那智はやっぱり千手観音、なんですね。

 

歴史先生:三体の御神像は本殿の中に祀られていて、すべて国指定重要文化財になっています。また本殿自体も古く、1648年の再建と伝わります。

 

マナブ:ここ、全く知りませんでしたが、すごい神社ですね。

 

丹敷戸畔を祀る社

 

歴史先生:それだけではありません。神武天皇による神武東征の話はご存じですね?

 

マナブ:はい、少しだけ。大坂から奈良へ入ろうとして敗れて、今度は紀伊半島を回って南から上陸。熊野の山を越えて奈良へ攻め込んだんでしたよね?

 

歴史先生:はい、その上陸したのがここからもう少し北へ行ったあたりの海岸とされていますが、その当時、このあたり一帯を治めていた豪族が丹敷戸畔(にしきとべ)。日本書紀では「因りて丹敷戸畔を誅つ」、とあり、上陸した神武天皇の軍隊が地元の豪族を武力で平定したことが伺えます。

 

マナブ:かなり古い話です。

 

歴史先生:はい、日本書紀の通りに解釈すれば紀元前622年の頃のお話。あまりに古く、史料がほぼないのですが、発掘品には女性のものが多く、恐らくは巫女のような人が首長を務めていたのではないかと推測されています。本殿右にある社にはこの丹敷戸畔が祀られています。

 

熊野古道で最も美しい? 大門坂

 

那智ねぼけ堂

 

 

マナブ:補陀落山寺から那智の滝へ向かって、車で登っていきます。そろそろお腹空いてきたなぁ。那智の滝へ着いたら何か食べませんか?

 

歴史先生:それなら途中で寄っていくのもいいかもしれません。「那智ねぼけ堂」という大型のドライブインがありますので、寄ってみましょう。

 

那智ねぼけ堂

〒649-5302 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町市野々3434−1

9:00~17:00、無休

(食事は平日11:00~15:00、土日祝9:00~15:00)

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://neboke.com/ 

 

 

那智ねぼけ堂の食堂

 

歴史先生:ここでの名物は那智勝浦漁港のまぐろ丼。三倍盛り、などはSNS映えしそうです。

 

マナブ:よさそうですね。私は普通のにしておきます。

 

生まぐろ丼

 

歴史先生:那智ねぼけ堂から車ですぐの場所に、大門坂の入口があります。ここは熊野古道の中でも最も美しいと言われている場所。

 

マナブ:おぉ、それは少し歩いてみたい。

 

大門坂の入口

 

 


歴史先生:入口の少し手前に広い駐車場がありますので、そこに停めて歩きましょう。

 

大門坂(地図 ❷)

〒649-5302 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町市野々3034−2

入場自由


石畳の坂が続く

 

マナブ:石段をどんどん歩いていきます。周囲の木々が美しい。

 

深い林に囲まれた大門坂らしい風景

 

歴史先生:しばらくはゆるい傾斜ですが、最後は急な傾斜になります。

 

マナブ:これは美しい。ため息が出ます。

 

歴史先生:このまま熊野那智大社まで登っていくのもいいですが、私たちは車がありますので、一旦引き返しましょう。

 

太古から崇拝されてきた神々しいお姿のご神体:那智の滝

 

飛瀧神社

 

 

マナブ:大門坂入口を過ぎると、車の道はくねくねと曲がる坂道になります。

 

歴史先生:カーブを曲がる際に時々那智の滝がちらりと見えます。

 

マナブ:さて、滝のところまで上がってきました。道路脇に駐車場が点在していますので、ここに停めるようにします。

 

飛瀧神社 入口

 

歴史先生:那智の滝の場所ですが、飛瀧神社という神社になっています。この神社には本殿はなく、那智の滝そのものをご神体として、それを直接、遥拝する形をとっているんです。この神社は熊野那智大社の別宮です。

 

飛瀧神社(那智の滝)(地図 ❸)

〒649-5301 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

参入料 300円

8:00~16:30、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://kumanonachitaisha.or.jp/pavilion/waterfall/ 


マナブ:さぁ、滝が見えてきましたよ。

 

歴史先生:華厳の滝、袋田の滝と並ぶ日本三名爆の1つであり、滝自体が世界遺産でもあります。

 

飛瀧神社

 

マナブ:すごい。こんな神社見たことない。ただただ、そのスケールの大きさに圧倒されます。

 

歴史先生:那智の滝は高さ133m、幅13m。富山にある称名滝(350m)/ハンノキ滝(500m)にはスケールで及びませんが、それに次ぐ日本第2位の高さを誇ります。

 

マナブ:昔の人はこれを見て、神様を感じたでしょうね。

 

歴史先生:この滝は大己貴神(おおなむちのかみ)、すなわち大国主命だ、と信じられていました。しかし那智の滝を崇拝するという歴史は古く、いったいいつ頃からあったのか、よくわかっていません。記録では元々ここにあった熊野那智大社を現在の山の上に遷したのが仁徳天皇の時代、317年の出来事だとか。ということはそれよりはるか以前からこの滝が祀られていたことになります。

 

マナブ:さきほどの補陀落山寺と一緒で、とてつもなく古い時代の話ですね。

 

御瀧拝所舞台

 

マナブ:それにしてもすごいなぁ。この滝は遠くから熊野三山をお参りする人たちを驚かせたことでしょうね。

 

歴史先生:はい、那智参詣曼荼羅の右上に、那智の滝が描かれています。その左には青岸渡寺、熊野那智大社が。


那智参詣曼荼羅に描かれた那智の滝

 

マナブ:ほんとだ。ここは熊野三山をめぐる旅のハイライトになりそうですね。

 

4世紀に開かれ、豊臣秀長が再建した世界遺産:青岸渡寺

 

三重塔と那智の滝

 

 

マナブ:那智の滝のところからさらに車で上へ登ります。

 

歴史先生:普通はその先にある熊野那智大社の大きな駐車場に行くのですが、そこからだとかなり階段を登ることになります。今日はあえて青岸渡寺の「防災道路」というところに入らせてもらい、一番上のところに車を停めさせてもらいましょう。

 

マナブ:有名な三重塔の前を通って、さらに上まで行きます。これは楽ですね。

 

青岸渡寺(地図 ❹)

〒649-5301 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8

拝観無料(駐車場800円)

7:00~16:30、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://seigantoji.or.jp/ 


青岸渡寺駐車場。中央右上は行者堂、中央左奥は本堂(如意輪堂)。

 

歴史先生:上の駐車場に来ました。ここからは主要な建物は同じレベルにあるので、段差なしでお参りができます。

 

行者堂

 

マナブ:ほら貝の音がします。

 

歴史先生:ほら、あそこです。行者堂の中でほら貝を吹いていますよ。2023年(令和5年)に再建されたばかりの新しい建物です。

 

信徒会館

 

マナブ:左を見ると、すごい場所に建っている建物がありますが。

 

歴史先生:あれは信徒会館。一般の人は入れません。でもあの場所は那智の滝と三重塔を真正面から眺められる、最高の展望所なんですよね。信徒の方だけの特権でしょう。私たちはその手前の場所から滝を眺めることになります。

 

信徒会館の手前から見る三重塔と那智の滝

 

マナブ:信徒会館の手前から三重塔と那智の滝が見えています。これは有名な写真のアングルですよね。

 

歴史先生:はい、熊野那智大社といえばこの景色。

 

マナブ:三重塔は比較的新しく見えますが。

 

歴史先生:元々は平安時代に建てられたものがあったのですが、戦国時代の1581年に焼失。1972年(昭和47年)に再建されたものです。

 

マナブ:あ、滝の上に注連縄が架かっていますよ。どうやって架けたんだろう?

 

歴史先生:毎年7月と12月、神社の人たちが白装束に烏帽子といういでたちで、滝の上に登って、張り替えているんです。

 

マナブ:危険すぎませんか?

 

歴史先生:万が一のため命綱を付けての作業です。険しい山道を登った後、冷たくて流れの速い水に足を取られながら、長さ26m、重さ4㎏の綱を張り替える作業は、想像しただけでも厳しい。まさに修験道の世界ですね。

 

マナブ:修験道と言えば、たしか熊野はその本場?

 

歴史先生:はい。紀伊半島は非常に山深いところ。しかも険しい斜面や岩などが点在します。奈良県の大峯山や熊野三山を中心に、役行者から始まった修験道は平安時代に非常に盛んになりました。

 

マナブ:山伏の姿をしているんですよね?

 

歴史先生:はい、その姿で深い山の中を歩き続け、滝や岩などで修業して悟りを開くものです。自然への崇拝と仏教思想とが混じった、神仏習合が特徴です。

 

宝篋印塔(手前:国指定重要文化財)と本堂(奥)

 

歴史先生:では青岸渡寺の本堂の方へ参りましょう。手前にあるのは日本最古の宝篋印塔。鎌倉時代の1322年に建てられたもので、国指定重要文化財になっています。

 

梵鐘

 

歴史先生:こちらの梵鐘も古いもので、南北朝時代の1342年のものです。

 

本堂(如意輪堂)(世界遺産・国指定重要文化財)

 

マナブ:本堂に来ました。大きくて立派な建物です。

 

歴史先生:この建物は豊臣兄弟の弟、秀長が1590年に再建したものです。堂内には秀吉が寄進した幅1.4m、重さ450㎏の日本一の大鰐口も残っています。

 

マナブ:ここまで来て秀吉の話が出るとは意外でした。

 

歴史先生:ここは時の権力者に愛された場所。平清盛や後白河法皇(=この人は何と33回も来たそうですが)がお参りしたほか、奥州から藤原秀衡が夫婦でわざわざここまで来たそうです。また、花山上皇は藤原一族にだまされて皇位を追われた後、3年にわたってここに滞在されました。花山上皇はここで観音様の慈悲を求められて、青岸渡寺を皮切りに西国三十三カ所の観音様を巡礼されました。これが現在にも残る西国巡礼であり、ここ青岸渡寺がその一番札所になっています。


那智の滝の前から遷された世界遺産:熊野那智大社

 

熊野那智大社の入口は青岸渡寺の本堂のすぐ前

 

 

歴史先生:次は熊野那智大社へお参りしましょう。

 

マナブ:青岸渡寺の本堂の目の前がもう入口です。本当にお隣さんですね。

 

歴史先生:ここも以前は同じだったのですが、神仏分離によって強制的に寺と神社に分けられてしまいました。

 

熊野那智大社(地図 ❹)

〒649-5301 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

参拝無料

8:30~16:30、無休

(※最新の情報はWebサイト等でご確認ください。)

https://kumanonachitaisha.or.jp/ 


礼殿

 

マナブ:ここのご祭神はえーっと・・・

 

歴史先生:熊野夫須美大神(くまのふすみおおかみ)。

 

マナブ:覚えられない(苦笑)。そしてそれは千手観音であり、イザナミでもある、ということでしたね。

 

歴史先生:そうなんです。熊野那智大社の場合、さらにそれに加えて那智の滝である大己貴神(おおなむちのかみ)もご祭神になっています。

 

本殿の一部が見えている(世界遺産・国指定重要文化財)

 

歴史先生:さて、青岸渡寺は裸形上人による開基。そして熊野那智大社は317年に那智の滝の前から遷されたというお話をしました。でも元々は、神武天皇が那智の滝を海上から眺めて、「あの神聖な場所へ行ってみたい」ということになり、那智の滝をご覧になってそこに大己貴神(おおなむちのかみ)を感じられたのが、この神社の始まりとされています。

 

マナブ:紀元前600年から見ると紀元300年は900年もあとの話ですから、神武天皇からはずいぶん時が経っていますね。

 

歴史先生:その期間は実際にはもう少し短かったのかもしれませんが、いずれにしても300年代というのはまだ日本の歴史が良くわからない時代。そのころからある神社だとすれば、長い歴史を感じますね。

 

八咫烏の像

 

マナブ:八咫烏の像がありますね。

 

歴史先生:はい、神武天皇をここ熊野から大和まで無事に道案内して、神武東征を成功させた立役者です。ところでその後、八咫烏はどうしたか、ご存じですか?

 

マナブ:いいえ。

 

歴史先生:無事に大役を果たした八咫烏はここ那智に戻って、烏石という石になって休んでいるんだそうです。

 

マナブ:そうでしたか。おつかれさまでした。

 

御神木の大樟(クス)

 

マナブ:入口を入ってすぐの大きな木、すごいですね。

 

歴史先生:あれは御神木になっている大樟(クス)。樹齢850年、高さ27m、幹回り8.5mという大木です。

 

マナブ:850年前というと・・・

 

歴史先生:源平合戦の少し前くらいでしょうか。この木は平清盛の長男である平重盛の手植え、と言われています。

 

マナブ:おぉ、それは古い。

 

胎内くぐり


歴史先生:この木の胎内をくぐることができるんです。

 

マナブ:え? それはおもしろそう。

 

歴史先生:やってみますか? 護摩木300円、または絵馬500円を買って、胎内に奉納します。

 

マナブ:いいですね。やってみます。

 

胎内へはここから入る

 

歴史先生:どうでした?

 

マナブ:中は狭くなっていますが、空洞でした。そこに護摩木を納める台がありました。帰りははしごを登って、木の反対から出てきます。高齢の方にはちょっと難しいかも、という感じでした。

 

歴史先生:さぁ、那智を一通り見てきましたが、いかがでした?

 

マナブ:まずは補陀落山寺。渡海の話には驚きました。浜の宮王子の歴史もすごかったなぁ。そしてもちろん、那智の滝。滝好きの私としては、言葉にならない感動でした。そしてその滝が見える青岸渡寺と熊野那智大社。熊野詣の人たちからすると最後に訪れる場所なんだと思いますが、ここはまさに別世界。神々しさを感じられる場所でした。ここまで来れて、感激です。

 

​歴史好きのための観光ガイド
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